退職面談1000件で最も多く聞いた後悔は、「もっと早く誰かに話していれば」だった。スキルが足りなかったのではない。環境が悪すぎたのでもない。「つらい」と言える相手がゼロだったことが、限界を加速させていた

厚労省「令和6年労働安全衛生調査」では、強いストレスを感じる労働者は68.3%。しかし、パーソル総合研究所「若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査」(2024年)によると、職場にメンタルヘルス不調を相談することに抵抗を感じる割合は20代で約7割にのぼる。ストレスは高いのに、相談できない。この構造的な断絶が、静かに人を壊している。

マイナビ「正社員のバーンアウトに関する調査2026年」では、バーンアウト状態の人の38.0%が孤独感・孤立感を感じていた(非バーンアウト16.1%との差は21.9ポイント)。相談できないことと、壊れることは、構造的につながっている。

構造1:「相談=迷惑」という等式が刷り込まれている

退職面談で本当に言われるのは、「自分の悩みなんかで人の時間を取るのが申し訳なくて」という言葉だ。

相談できない人の大半は、コミュニケーション能力に問題があるわけではない。むしろ、周囲への配慮が強すぎる人が多い。「忙しそうだから声をかけられない」「こんなことで相談するのは甘えだと思われるのではないか」——この思考が無意識に作動し、相談という選択肢そのものが消える。

採用側の論理で言うと、面接で「チームワークが得意です」と語る候補者の中に、実は「人に頼れない人」が含まれていることがある。協調性が高いことと、人に助けを求められることは、まったく別の能力だ。退職面談で「相談できなかった」と語る人の多くは、組織の中では「手のかからない社員」として評価されていた。

構造2:相談できる相手が「構造的にゼロ」になっている

相談しないのではなく、相談できる相手がいない。これは本人の問題ではなく、組織の設計の問題だ。

人事部の評価会議では、1on1ミーティングの実施率は議題に上がるが、「その1on1で本音が出ているか」は問われない。上司に相談すると評価に影響するのではという不安、同僚に話すと噂が広がるのではという警戒、人事に言っても何も変わらないという諦め——この3つが同時に作動すると、相談先がゼロになる。

パーソル総合研究所の同調査では、20代のメンタルヘルス不調による退職率は35.9%と、他年代の約2割を大きく上回る。20代は特にキャリア不安が高い層の割合が36.7%と最も多く、不安を抱えながら相談先を持てないまま、退職という形で限界を迎えている。

私自身、人事部で20年働いてきたが、朝6時に起きてヨガをしながら頭を整理する時間がなければ、自分自身も誰かに相談するタイミングを逃していたと思う。相談は「機会の設計」がなければ発生しない。

構造3:「限界の基準」が壊れたまま、誰にも検証されない

一人で抱え込み続けると、限界の基準そのものが書き換わる。これが最も危険な構造だ。

最初は「少しつらい」。次に「つらいけど、まだ大丈夫」。そして最終的に、「つらいのが普通」になる。限界ラインが年々下がっているのに、本人がそれに気づけない。なぜなら、自分の状態を客観視するためには、外部からのフィードバックが必要だからだ。

退職面談で確立した3つの問いのうち、「5年前の自分なら、今ここにいるか?」と聞くと、一人で抱え込んでいた人ほど長い沈黙が続く。そして多くが「5年前の自分なら、もっと前に声を上げていたと思います」と答える。

横浜市立大学と産業医科大学の2025年共同研究では、プレゼンティーズム(出勤しているが心身の不調で業務効率が低下した状態)による経済損失が年間約7.3兆円と報告された。一人で抱え込む人は、このプレゼンティーズムの最大の当事者だ。仕事はこなしているが、心の消耗は誰にも見えず、本人も「まだやれる」と判断し続ける。

退職面談で見た「相談できなかった人」の3つの末路

退職面談1000件のデータから、相談できないまま限界を迎えた人には3つの末路がある。

1つ目は、予兆なき突然離脱。前日まで普通に仕事をしていた人が、翌朝突然メールで退職を告げる。組織にとっては「突然」だが、本人にとっては何か月も前から心は限界に達していた。人事部の評価会議では、こうした社員は「安定していた」と評価されていたケースがほとんどだ。

2つ目は、体が先に壊れる。心が限界を言語化できないまま、体がSOSを出す。朝起きられない、通勤途中に吐き気がする、仕事の日だけ頭痛がする。これらは「仮病」ではなく、ストレス反応の身体化だ。

3つ目は、消耗した状態で転職活動に入る。相談しないまま限界を迎え、衝動的に退職した人の多くが、「逃げたい理由」は即答できるが「取りに行くもの」が言語化できない状態で転職活動を始める。消耗したまま面接を受けても、面接官は10分で見抜く。

自己点検3ステップ

今の自分が「一人で抱え込んでいる状態」かどうかを確認するために、以下の3つを試してほしい。

ステップ1:「仕事でつらいことを最後に誰かに話したのはいつか?」を思い出す

3か月以上前、あるいは思い出せない場合は、相談先がゼロになっている可能性が高い。期間の長さそのものが、孤立の深さを示している。

ステップ2:「相談しない理由」を3つ書き出す

「迷惑をかけるから」「大したことじゃないから」「話しても変わらないから」——どれも構造的に解決できる問題だ。相談しない理由を言語化した瞬間に、それが本当に相談を止める理由になっているかを検証できる。

ステップ3:1人に「最近、少ししんどい」と言ってみる

相手は上司でも人事でもなくてよい。友人でも家族でもよい。退職面談で本当に言われるのは、「言葉にした瞬間に、自分がどれだけ我慢していたか初めて分かった」という声だ。言語化は、自分の状態を客観視する最も手軽で効果的な方法だ。

人事側から見た「相談できない社員」の構造的盲点

人事部の評価会議では、相談を上げてこない社員は「問題がない社員」として処理される。しかし退職面談のデータが示しているのは、「相談しない社員」と「問題がない社員」はまったく別の集合だということだ。

相談の場は制度として設計されていても、心理的安全性がなければ機能しない。1on1があっても、上司との信頼関係がなければ本音は出ない。相談窓口があっても、「相談したら評価が下がる」という思い込みがある限り、利用率は上がらない。

早期に不調を言語化できた人と、限界まで黙っていた人では、回復までの期間に3倍以上の差がある。相談できる構造を持っているかどうかが、壊れるかどうかの分岐点だ。

よくある質問

Q1. 相談したいけど、何を話せばいいかわかりません

「何がつらいか」を整理してから話す必要はない。「最近、少ししんどい気がする」の一言でよい。話しているうちに、自分が何にストレスを感じているかが見えてくる。言語化の目的は解決ではなく、自分の状態の可視化だ。

Q2. 上司に相談したら評価が下がりませんか?

人事の実務の立場から言えば、相談したこと自体で評価を下げることは制度上ない。ただし、上司個人の資質に依存する部分があるのも事実だ。上司に相談しにくい場合は、産業医・社外相談窓口・信頼できる同僚など、別のルートを持っておくことが重要だ。

Q3. 相談相手がいない場合はどうすればいいですか?

厚労省の「まもろうよ こころ」や「こころの耳」など、無料の電話・SNS相談窓口がある。社内に相談先がなくても、社外には設計された相談の場が存在する。まずは1回だけ使ってみてほしい。

Q4. 一人で抱え込む性格は変えられますか?

性格の問題ではなく、相談の「仕組み」の問題だ。定期的に話す相手を1人決める、月に一度は自分の状態を言語化する時間を取る——仕組みを設計すれば、性格を変えなくても相談はできるようになる。

参考文献

  • 厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」
  • 横浜市立大学・産業医科大学(2025年)「メンタルヘルス不調による経済損失の推計」Journal of Occupational and Environmental Medicine掲載
  • マイナビ「正社員のバーンアウトに関する調査2026年」(2026年6月発表)
  • パーソル総合研究所「若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査」(2024年12月発表)