朝5時、いつものように行政通達のチェックをしていたら、SNSの広告欄に「退職したら最大200万円もらえます」という文言が目に入った。社労士として断言するが、「退職給付金」という公的制度は存在しない。この用語のすり替えこそが、詐欺的サービスの入口になっている。
国民生活センターが2025年12月3日に異例の注意喚起を出したとおり、失業保険の「申請サポート」に関する消費者相談件数は2021年度の42件から2024年度には217件へと約5倍に膨れ上がった。私の社労士事務所にも月3〜4件のペースで「30万円払って退職給付金サポートに申し込んだが、これは大丈夫なのか」という相談が入る。
この記事では、雇用保険法第10条の4に基づく不正受給の「3倍返し」リスクと、悪質業者の手口3類型を法的根拠とともに解説する。
「退職給付金」という制度は存在しない——用語のすり替えが騙しの入口
まず前提を整理する。退職時に受け取れる公的な金銭給付は、大きく分けて以下の3つだ。
- 雇用保険の基本手当(いわゆる失業保険)——雇用保険法第13条以下
- 傷病手当金——健康保険法第99条
- 退職金——会社の就業規則・退職金規程による(法的義務ではない)
SNS広告で使われる「退職給付金」は、これらを意図的に混同させた造語だ。公的な制度名称ではなく、法律のどこにも定義されていない。労働基準法第〇条によると、という引用ができる条文自体が存在しない——それが「退職給付金」という言葉の正体である。
悪質業者の手口3類型——あなたの相談先は大丈夫か
類型1: 特定理由離職者への不正誘導型
最も多いパターンがこれだ。自己都合退職の相談者に対して、「うつ病の診断書があれば特定理由離職者になれる」と、実際にはメンタル不調がないにもかかわらず指定クリニックでの受診を指示する。特定理由離職者に認定されれば給付日数が大幅に増える(例: 勤続10年・35歳で90日→240日)ため、「数十万円得をする」と持ちかけるのだ。
これは雇用保険法第10条の4に定める不正受給に該当する。虚偽の申告で受給資格を得た場合、不正に受給した金額の返還に加え、その2倍の額の納付を命じられる。合計で受給額の3倍を返さなければならない。
類型2: 傷病手当金の不正申請あっせん型
退職前に傷病手当金を申請させ、退職後の継続給付と失業保険を組み合わせて「最大28ヶ月分の給付が受けられる」と謳うパターン。実際に疾病がある場合は正当な制度利用だが、業者が指定するクリニックで「形だけの診断書」を取得させるケースは不正申請にあたる。
類型3: 無資格での申請代行型
雇用保険の申請書類の作成・提出代行を報酬を得て行えるのは、社会保険労務士法第27条により開業登録をした社会保険労務士(または社労士法人)のみだ。無資格の業者がこれを行った場合、社労士法第27条の2に基づき1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処される。しかし実態として、SNS広告経由の「サポート業者」の多くは社労士資格を持っていない。
不正受給の責任は「業者」ではなく「あなた」に帰属する
ここが最も重要なポイントだ。監督官時代に見たのは、不正受給が発覚した場合、「業者に言われたからやった」という弁明は一切通用しないという現実だった。
雇用保険の不正受給における責任の所在は明確だ。
- 返還命令・納付命令(3倍返し)——受給者本人に対して発令される
- 刑事告発(詐欺罪・刑法第246条)——悪質な場合、受給者本人が告発対象
- 以降の失業保険は全額停止——将来の受給権も失う
- 財産差し押さえ——返還に応じない場合、預貯金・給与が対象
業者に支払った30万円は戻ってこない。その上で3倍返しのペナルティを受ける。これが退職給付金サポートの「最悪のシナリオ」だ。
悪質業者を見分ける5つのチェックポイント
私が相談対応の中で体系化した、悪質業者を見分けるチェックポイントを以下に整理する。
- 「退職給付金」という造語を使っている——正規の社労士は制度の正式名称(雇用保険の基本手当、傷病手当金)を使う
- 社労士の登録番号・事務所名が確認できない——全国社会保険労務士会連合会の検索システムで確認可能
- 指定クリニックへの受診を指示する——実際の疾病と無関係に診断書を取得させる手口
- 成果報酬が受給額の10〜15%と高額——正規の社労士による手続き代行は数万円が相場
- 「誰でも受給額が増える」と断言する——受給額は雇用保険法の計算式で決まり、裁量の余地はない
1つでも該当すれば要注意、3つ以上なら利用を中止すべきだ。
正しい受給最大化の3ステップ——詐欺に頼る必要はない
失業保険の受給額を合法的に最大化する方法は、実はシンプルだ。
ステップ1: 離職理由の正確な確認と異議申し立て
退職勧奨やハラスメントが退職の原因であれば、特定受給資格者として認定される可能性がある。離職票の離職理由に不服がある場合は、ハローワークでの異議申し立てで覆すことができる。この手続きに業者は不要で、費用もかからない。
ステップ2: 公共職業訓練の活用
公共職業訓練(ハロートレーニング)を受講すると、訓練期間中は失業保険の給付が延長される。訓練受講中は受給期間の終了後も「訓練延長給付」として基本手当が支給される。これは完全に合法的な受給期間延長の手段だ。
ステップ3: 再就職手当の戦略的活用
所定給付日数の3分の1以上を残して安定した職業に就いた場合、残日数の60〜70%に相当する再就職手当が一括支給される。早期再就職のインセンティブとして設計された制度であり、これも正規の受給最大化手段だ。
すでに申し込んでしまった場合の3ステップ
もし既に退職給付金サポートに申し込んでしまった場合は、以下の手順で対処してほしい。
- 消費生活センターへの解約相談(全国共通188番)——クーリングオフや契約取消の可能性を確認
- ハローワークへの自己申告——不正申請前であれば重いペナルティを回避できる可能性がある
- 正規の社労士への切り替え——全国社会保険労務士会連合会のサイトで地域の社労士を検索できる
よくある質問(FAQ)
Q1. 退職給付金サポートに申し込んだだけで不正受給になりますか?
申し込んだだけでは不正受給にはなりません。ただし、業者の指示に従って虚偽の申告や不正な診断書取得を行った時点で、不正受給の構成要件を満たす可能性があります。申し込み後でも、不正な手続きに進む前に解約すればペナルティは回避できます。
Q2. 社労士が運営するサポートサービスなら安全ですか?
社労士資格を持っていること自体は適法性の一つの指標ですが、それだけでは判断できません。上記5つのチェックポイントのうち、指定クリニック受診の指示や「誰でも増額できる」といった断言がある場合は、社労士であっても不正誘導の可能性があります。社労士の懲戒処分事例も実際に存在します。
Q3. 自己都合退職でも失業保険を多くもらう方法はありますか?
2025年4月の法改正により、自己都合退職の給付制限期間は原則1ヶ月に短縮されました。給付日数自体は変わりませんが、公共職業訓練の受講による訓練延長給付は自己都合退職者にも適用されます。ハローワークの窓口で訓練コースの案内を受けることが最も確実な方法です。
Q4. 不正受給がバレる確率はどのくらいですか?
ハローワークは受給者の就労状況を雇用保険の被保険者データ、マイナンバーによる所得情報、事業所への照会、受給者への抜き打ち調査など複数の手段で確認しています。「バレない」前提で行動すること自体が、雇用保険法第10条の4の「3倍返し」リスクを背負うことを意味します。
Q5. 退職給付金サポートに支払った30万円は取り戻せますか?
消費生活センターを通じた解約交渉や、契約内容によってはクーリングオフの適用により返金される可能性があります。契約書・振込明細・業者とのやり取り(メール・LINE)を証拠として保全した上で、消費生活センター(188番)に相談してください。
参考文献・公的ソース
- 国民生活センター「失業保険の給付額等を増やすことができるとうたう申請サポートに注意」(2025年12月3日)
https://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20251203_1.pdf - 雇用保険法 第10条の4(不正受給に係る返還命令等)、第13条以下(基本手当の受給要件)
e-Gov法令検索 - 社会保険労務士法 第27条(業務の制限)、第27条の2(罰則)
e-Gov法令検索 - 大阪労働局「不正受給について(事例等)」
大阪労働局ウェブサイト






