SNSで「20代のフルリモートは成長機会を失うリスクがある」という投稿が話題になっていた。51件以上のいいねがつき、賛否両論が巻き起こっている。

私はこの議論を見て、朝のヨガを終えた後、横浜港を歩きながら考えていた。採用側の論理で言うと、この投稿の指摘は半分正しく、半分足りない。問題はフルリモートそのものではなく、「見えない」ことが評価構造にどう影響するかを理解していないことにある。

上場企業の人事部で20年、採用責任者として1500名以上を面接し、退職面談を1000件以上担当してきた。その中で、ここ数年で明らかに増えたのが「フルリモートで働いていた20代が、30代に入って評価も転職もうまくいかない」というパターンだ。

本記事では、人事の評価会議で実際に何が起きているのか、そしてリモート世代が30代で詰まらないために今からできることを構造的に解説する。

なぜフルリモートの20代は「優秀なのに評価されない」のか

まず前提を整理しよう。国土交通省の令和6年度テレワーク人口実態調査によると、企業に雇用されているテレワーカーの割合は全国で約24.6%。一方、Indeedの調査ではフルリモートへの求職者の関心は2019年から2025年の6年間で90.9倍に拡大している。

つまり、リモートで働きたい人は急増しているが、実際にリモートで働ける環境は限られている。この需給ギャップの中で、20代がフルリモートのポジションを掴めたとしたら、それ自体は優秀な証拠だ。

問題はその先にある。人事部の評価会議では、リモートワーカーに対して「Proximity Bias(近接性バイアス)」と呼ばれる無意識の評価バイアスが働くことがわかっている。簡単に言えば、「近くにいる人を無意識に高く評価してしまう」という人間の心理的傾向だ。

これは管理職の怠慢ではない。目に見える行動が、仕事の成果以上に「貢献している」と感じられてしまう、脳の構造的なバグだ。リモートワーカーがどれだけ成果を出していても、オフィスにいるメンバーの方が「頑張っている」と映ってしまう。

リモート世代が30代で詰まる3つの構造的パターン

1500名の採用面接と1000件の退職面談から見えてきた、20代フルリモート経験者が30代で行き詰まるパターンは、大きく3つに集約される。

パターン1:「成果は出しているが、事業文脈で語れない」

フルリモートで働く20代は、与えられたタスクを高い精度でこなす人が多い。しかし、面接で「あなたの仕事が事業にどう貢献したか」を聞くと、急に言葉が止まる。

これは能力の問題ではなく、オフィスでの非公式なコミュニケーションを通じて「自分の仕事が事業のどこに位置するのか」を肌感覚で理解する機会がなかったことに起因する。隣の部署の会話、上司が経営会議で話していた内容、ランチで聞こえてくる事業課題——これらはSlackやZoomでは流通しにくい情報だ。

私が1500名の選考で見てきた中で、合格する人と不合格になる人の決定的な違いは「事業貢献を自分の言葉で語れるかどうか」だった。リモート環境では、この言語化能力が育ちにくい構造がある。

パターン2:「フィードバックの質と量が圧倒的に少ない」

オフィスでは、上司や先輩からの「ちょっといい?」という5分の会話で軌道修正が起きる。資料の作り方、会議での発言の仕方、メールの書き方——微細だが積み重なると大きな差になる暗黙知のフィードバックだ。

フルリモートでは、フィードバックは「1on1ミーティング」や「定期レビュー」といった構造化された場に限定されやすい。すると、「わざわざ1on1で言うほどでもないが、改善した方がいい点」が伝わらないまま蓄積する。

30代で転職してきた候補者に「前職でどんなフィードバックを受けていたか」と聞くと、フルリモート経験者は「特にありませんでした」と答えることが多い。本人はそれを「認められていた」と解釈しているが、採用側の論理で言うと、それは「放置されていた可能性」として映る。

パターン3:「社内の見えない評価基準を知らないまま年次だけ重なる」

どの企業にも、公式の評価制度とは別に「暗黙の評価基準」がある。誰が意思決定のキーパーソンか、どの会議が本当に重要か、どのプロジェクトに手を挙げれば評価されるのか。

オフィスにいれば、これらの情報は空気として吸収できる。しかしリモートでは、自分から取りに行かない限り手に入らない。結果として、年次だけが上がり、同期と比べて「何ができる人なのか」が社内で共有されていない状態が生まれる。

カオナビHRテクノロジー総研の2025年3月調査によると、リモートワーク実施率は17.0%で横ばいだが、企業の出社回帰が進む中で「リモートでも評価される人」と「リモートだから見えない人」の二極化が加速している。

今日からできる3つの対策

ここまで読んで「じゃあフルリモートを辞めろということか」と思った方もいるだろう。そうではない。フルリモートは働き方の選択肢として極めて合理的だ。問題は「見えない」ことへの対策を打っていないことにある。

対策1:月1回「事業貢献の棚卸し」をする

自分のタスクが事業のどこに接続しているかを、月に1回15分で言語化する習慣をつける。やり方はシンプルだ。

  • 今月担当した仕事を3つ挙げる
  • それぞれが「売上・コスト・顧客満足度」のどれに影響したかを書く
  • 数字で表現できるものは数字にする

この棚卸しメモは、評価面談でも転職面接でもそのまま使える。「事業文脈で自分を語る」力は、意識的に鍛えないとリモート環境では身につかない。

対策2:「フィードバックを取りに行く」仕組みを作る

待っていてもフィードバックは来ない。1on1で上司に「最近の私の仕事で、改善すべき点を1つだけ教えてください」と毎回聞く。最初は上司も驚くだろうが、3回続ければ当たり前になる。

マイナビの2026年卒キャリア意向調査では、学生のフルリモート勤務希望はわずか4.8%にとどまっている。新卒世代が対面での成長機会を重視する中で、すでにリモートで働いている20代が意識的にフィードバック環境を構築できれば、むしろ差別化になる。

対策3:「社内の非公式情報」を定点観測する

週に1回でいい。チームの誰か、できれば直属の上司ではない別部署の先輩と15分の雑談を入れる。目的は「今、社内で何が動いているか」を知ること。

この定点観測ができている人は、私の面接経験上、リモートでも出社組と遜色ない「組織理解」を持っている。逆に、これをやっていない人は、3年もすると「同じ会社にいるのに外部の人のような解像度」になってしまう。

人事が本当に見ているのは「働く場所」ではない

最後に誤解を解いておきたい。人事部の評価会議で「この人はフルリモートだから評価を下げよう」と議論されることは、まともな企業ではまずない。

問題は、評価の材料がないことだ。オフィスにいれば自然と集まる「この人はこういう動きをしている」という情報が、リモートでは集まらない。材料がなければ評価のしようがない。結果として、可もなく不可もない中間評価が続き、気づけば同期に差をつけられている。

20代のうちにこの構造を理解し、「見えないなら見せに行く」という習慣を身につけた人は、リモートでもオフィスでも、どちらでも評価される人材になれる。

よくある質問(FAQ)

Q1. フルリモートの20代は全員キャリアが詰まるのですか?

いいえ。詰まるのは「見えない状態を放置している人」です。本記事で紹介した3つの対策を実践すれば、リモートでも十分に評価される環境は作れます。実際に、リモートのままマネージャーに昇進した人も複数見てきました。

Q2. 出社に切り替えた方がキャリアには有利ですか?

一概には言えません。出社すれば自動的に評価されるわけではなく、「可視化の機会が増える」だけです。重要なのは、自分の仕事の価値を言語化し、適切な相手に届ける力です。リモートのまま対策を打つ方が、場所に依存しないキャリアを築けるという意味では強い選択肢とも言えます。

Q3. 上司が1on1でフィードバックをくれません。どうすればいいですか?

「何かありますか?」という漠然とした質問ではなく、「先日の提案資料で改善すべき点を1つだけ教えてください」のように具体的に聞くことが有効です。上司も漠然と聞かれると「特にないです」と答えがちですが、具体的に聞かれれば必ず何か出てきます。

Q4. Proximity Biasは制度で解消できないのですか?

成果主義の評価制度を導入すればバイアスは軽減されますが、完全にはなくなりません。人間の認知バイアスは制度だけでは解消できないため、個人としても「見せる努力」を並行することが現実的な対策です。

Q5. 転職活動でフルリモート経験はマイナスに見られますか?

フルリモート経験自体はマイナスではありません。ただし、面接で事業貢献を語れない場合、「リモートだったから組織理解が浅いのでは」と推測される可能性はあります。逆に、リモート環境でも主体的に情報を取りに行き、成果を言語化できる人は、セルフマネジメント能力の高さとして評価されます。

参考文献

  • 国土交通省「令和6年度テレワーク人口実態調査」(2025年3月)
  • Indeed Japan「リモートワークに関する仕事検索動向調査」(2025年)
  • カオナビHRテクノロジー総研「2025年3月リモートワーク実態調査」
  • マイナビ「2026年卒大学生キャリア意向調査<学生のテレワーク意向>」(2025年10月)
  • ライフハッカー・ジャパン「Proximity Bias — リモートの部下を知らないうちに低く評価してしまう脳のバグ」