毎年10月になると、退職面談の予約が少し増える。
春の異動シーズンほど派手ではないが、秋は静かに人が折れるシーズンだ。理由は決まっている。10月前後の人事異動・昇進発表が重なるこの時期、「同期が課長になった」「後輩が先にチームリーダーになった」という言葉で始まる相談が増えるからだ。
本人の話を聞いていると、ほぼ例外なく同じ言葉が出てくる。「悔しいというより、なんか消えたくなった」「比べても仕方ないとわかっているのに止められない」「いつの間にか仕事に行くのが怖くなった」。
これは嫉妬の問題でも、能力の問題でもない。厚労省令和6年労働安全衛生調査では、強いストレスを感じる労働者が68.3%に達している。マイナビ2026年バーンアウト調査では、正社員の17.3%がすでにバーンアウト状態にある。秋の昇進発表という一つのイベントが、慢性的な消耗状態にある人の引き金になりやすい構造がある。
退職面談1000件の経験から、比較が消耗に変わるパターンには共通の構造がある。今回はその3つを整理する。
構造1|評価会議の結果を「自己価値の採点」として受け取っている
人事部の評価会議では、昇進は「今期このポジションのニーズに最も合致した人材」を選ぶ作業だ。
評価会議の議題は「誰が優れているか」ではない。「今の組織の課題を解決するために、どの人材をどのポジションに当てると機能するか」という事業の設計作業だ。同期Aが昇進した理由は、Aの実績が今期のポジション要件に合致したことであり、あなたが昇進しなかった理由は、あなたが否定されたからではない。
しかし当事者の心の中では、「同期Aが選ばれた = 自分は選ばれなかった」という式が自動的に成立する。そしてこの式がさらに変換される。「自分は選ばれなかった = 自分には価値がない」という方向へ。
採用側の論理で言うと、評価会議で誰かが昇進した事実はその人の評価に関する情報を含んでいるが、昇進しなかった誰かの評価については何も語っていない。しかしこの「語っていない部分」を、当事者は勝手に「否定」として読み取ってしまう。
この誤認がしばらく続くと、仕事の成果が出ても「でも評価されない」という打ち消しが自動的に走る。新しい仕事に取り組んでも「これをやっても昇進しないなら意味がない」という思考が邪魔をする。評価会議の一つの結果が、その後の仕事全体の意味を消す引き金になっていく。
構造2|「追いつかなければ」という焦りが消耗を加速させる
構造1の誤認が固定されると、次に必ず来るのが「追いつかなければ」という焦りだ。
この焦りは一見、やる気のように見える。早く出社する。仕事の量を増やす。資格を取ろうとする。しかしその行動の根っこが「同期に追いつく」という比較から出ているとき、やればやるほど消耗だけが増える。
退職面談で本当に言われるのは、「同期が先に昇進した後の2年間、追いつこうと全力で走り続けました。振り返ったら、何も残っていなかった」という言葉だ。仕事量は増えていた。残業も増えていた。しかし成果として語れるものが積み上がっていなかった。消耗した状態でこなした仕事は、記憶にも実績にも残りにくい。
ヨガを20年続けていて気づいたことがある。痛めた筋肉に無理な負荷をかけると、回復が大幅に遅れる。表面的に動けるようになっても、組織の修復が完了していないタイミングで全力を出すと再断裂する。焦りによる過剰努力は、消耗した状態に追加の負荷をかける行為だ。
比較→焦り→過剰努力→消耗→パフォーマンス低下→さらに比較。この循環は、走るほど深みにはまる構造になっている。
人事部の評価会議では、消耗した状態での高稼働は見えない。見えているのは成果として言語化できる実績だ。焦りから動いた仕事は成果に変わりにくく、評価会議の推薦材料にならない。「あんなに頑張ったのに評価されない」という感覚は、この構造から生まれている。
構造3|比較の物差しが「同期という一点」に固定されて自分の成長が見えなくなる
比較の恐ろしさは、物差しが固定されると他のすべてが見えなくなることだ。
同期Aを物差しにして自分を測り続けると、Aと比べて足りない部分だけが浮かび上がる。Aの昇進前後で自分が何を学んだか、どんな仕事ができるようになったか、5年前と何が変わったか、そういう自分軸の成長がすべて視野の外に出てしまう。
同期という比較軸は、非常に不公平な物差しだ。同じ会社に入ったというだけで、担当してきた仕事、上司との相性、配属された部署の事業状況、評価会議でのタイミングといったすべての変数が違う。同じ条件では測れないものを同じ物差しで測り続けている。
この状態が半年以上続くと、退職面談で聞こえる言葉が変わってくる。「悔しいとか嫌いとかではなくて、なんか、何のために仕事しているかわからなくなった」という言葉だ。意欲の問題ではなく、自分の仕事の意味をつなぎとめていた文脈が切れた状態だ。
Job総研2025年人事評価実態調査では、69.6%が人事評価に不満を持っている。しかしこの不満の多くは、評価基準の不明確さや比較の不公平感から来ている。同期との比較という不公平な物差しを内側で持ち続けることが、不満をさらに増幅させている。
採用側の論理で言うと「焦りで動いた転職は通過率が下がる」
同期の昇進後に転職活動に入る人は少なくない。しかし採用面接1500名の経験から、焦りで動いた転職活動には共通の特徴がある。
「なぜ転職したいのですか」という問いに対して、答えが「今の環境から離れたい」方向の言語化になっている。「取りに行くものが言語化できていない」のではなく、「逃げたいものは即答できるが、取りに行くものはない」状態だ。評価会議でこういう候補者の推薦材料を作ろうとすると、面接官が「なぜ弊社でなければならないか」を語れない。推薦する根拠が作れないため、通過しない。
消耗した状態で転職活動に入ると、判断基準が「今より少しでもマシ」になる。「少しでもマシ」で選んだ転職先が3ヶ月後に「思っていたのと違う」に変わることは、退職面談で繰り返し聞く後悔だ。
転職が正解かどうかは、今回の話とは別の問題だ。ただ、同期の昇進直後という「焦りのピーク」に転職判断を下すことが、判断の質を下げる構造になっている。
自己点検3ステップ
同期の昇進を知った後、以下の3点を確認してほしい。
ステップ1|同期の昇進を知った直後に自分にかけた言葉を書き出す
「自分はダメだ」「どうせ自分は評価されない」という言葉が出ていたなら、構造1の誤認が起きている。評価会議の結果が自己価値の採点になっている状態だ。この言葉が出た事実だけを確認する。判断しなくていい。ただ、自分への言葉を観察する。
ステップ2|3ヶ月前の自分と比べる
同期ではなく、3ヶ月前の自分と比べる。3ヶ月前と今で、何ができるようになったか。どんな仕事を経験したか。何を学んだか。同期という一点比較をやめて、自分軸の物差しで測る練習をする。
ステップ3|1人に言語化する
焦りや落ち込みを誰にも言えないでいると、頭の中で繰り返されて固定化する。上司に言いにくいなら、職場の外の誰かでいい。「同期に先を越されて焦っている」という事実だけを1人に話す。言語化することで、焦りの正体が少し見えやすくなる。
FAQ
Q1. 同期が先に昇進した後、評価会議でどうすれば名前が挙がるようになりますか?
評価会議では「今期このポジションに必要な実績があるか」が問われます。昇進を目標にするより、直近3ヶ月の仕事で課題→行動→結果の3点セットで語れる成果を1つ作ることが先決です。上司が評価会議に持ち込める推薦材料を作ることが、名前が挙がる最短経路です。
Q2. 比較の焦りが止まらない時は何をすべきですか?
焦りを止めようとしないことをお勧めします。止めようとすると意識がそこに向かいます。代わりに、今週やった仕事を具体的に書き出す。数字でも言葉でもいい。自分がやったことの記録を残すと、焦りより先に事実が見えてきます。
Q3. 転職を考えるのは正しいですか?
転職の正否より、「今の判断は消耗した状態でされているか」を先に確認してください。退職面談で後悔した人の多くが「焦っていた時期に決めた」と語ります。転職を検討すること自体は問題ありません。ただ、焦りのピーク時は判断の質が下がります。
Q4. 同期に追いつこうとする気持ちは悪いことですか?
悪いことではありません。ただ、その行動の根っこが「同期との比較」にある限り、成果ではなく消耗が積み上がりやすい。取りに行くものが「Aに追いつくこと」ではなく「自分がやりたい仕事」に変わったとき、同じ努力が実績に変わりやすくなります。
Q5. 上司に焦りを伝えてもいいですか?
焦りを伝えることより、「自分はこのポジションに向けてこれをやりたい」という意思を伝える方が有効です。焦りだけ伝えると「自己管理できていない」として処理されることがあります。昇進への意欲を評価会議の言語で伝えることが、上司が動ける材料になります。
参考文献
- 厚生労働省「令和6年労働安全衛生調査(実態調査)」
- マイナビ「マイナビ2026年バーンアウト(燃え尽き症候群)に関する調査」
- Job総研「2025年人事評価実態調査」
- パーソル総合研究所「若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査(2024年)」
- 日本労働政策研究・研修機構「ビジネス・レーバー・トレンド 2026年1・2月号」






