「復帰したら、私のポジションがなくなっていた」

退職面談1000件を担当してきた中で、育休復帰後の女性からこの言葉を聞いた回数は、両手では足りない。

育休を取得して職場に戻った。制度としては問題なく復帰できた。しかし、復帰後に待っていたのは以前とは違うポジション、責任の軽い業務、昇進ルートからの静かな離脱だった——。

これは、一般に「マミートラック」と呼ばれる現象だ。ビースタイルグループの調査によれば、第1子出産後に復帰した女性のうち50.6%が「業務の難易度や責任の度合いが低くなり、キャリアの展望がなくなった」と回答している。さらに、産休・育休から7〜9年が経過してもマミートラックから抜け出せていない人が過半数を占めるというデータもある。

採用側の論理で言うと、マミートラックは「配慮」と「排除」の境界が曖昧なまま放置された結果だ。本稿では、退職面談で繰り返し見てきた育休復帰後にキャリアが止まる3つの構造パターンと、そこから抜け出すための具体的なステップを解説する。

構造1:「配慮」が「戦力外通告」にすり替わっている

育休復帰後、上司から「無理しなくていいよ」「しばらくは軽めの仕事で慣らしていこう」と言われる。一見すると配慮に見えるこの言葉が、実は復帰者のキャリアを止める最大の要因になっている。

人事部の評価会議では、復帰者に対して「当面は重要案件を外す」という判断が下されることが少なくない。問題は、この「当面」に終わりが設定されていないことだ。3ヶ月のつもりが6ヶ月になり、6ヶ月が1年になり、気づけば復帰から2年経っても「慣らし期間」のままの業務が割り当てられている。

退職面談で本当に言われるのは、「配慮してもらったのはありがたかったけど、いつ元に戻れるのか聞けなかった」という言葉だ。聞けなかった理由は明確で、「まだ早いと思われたくない」「わがままだと思われたくない」という心理が働いている。

しかし採用側の論理で言うと、この沈黙こそが危険だ。上司は「本人が現状に満足している」と解釈し、本人は「戻してもらえるのを待っている」。双方が相手の意思を誤認したまま、時間だけが過ぎていく——これが配慮が戦力外通告にすり替わるメカニズムだ。

2025年4月の育児・介護休業法改正では、3歳未満の子を養育する従業員に対してテレワークを選択肢として提供することが事業主の努力義務となった。制度は整いつつある。しかし、制度があっても「元のキャリアトラックに戻すタイミングの設計」が組織側にない限り、配慮は静かに排除へ変わる。

構造2:「時短勤務=評価が下がる」が暗黙のルールになっている

時短勤務を選択した瞬間、評価が一段下がる——これは制度上どこにも書かれていないが、多くの職場で暗黙のルールとして機能している。

Works Human Intelligence社の2025年調査では、大手法人が育児支援制度で感じる最大の課題は「従業員間の公平性」(34.7%)だった。つまり、時短勤務者がいることで「フルタイムの社員に負荷が偏る」という不満が生まれ、その不満を緩和するために時短勤務者の評価を「控えめ」にする力学が働く。

退職面談1000件で見た限り、時短勤務で評価が下がったと感じている人の大半は、評価基準が変わったことを事前に説明されていなかった。フルタイムと同じ成果を出しているのに「Bの上限」に固定される。昇格推薦の対象から外される。理由は聞いても「総合的に判断して」としか返ってこない。

私は朝6時に起きてヨガをしてから午前中に記事を書く生活をしているが、この時間に退職面談の記録を振り返ることがある。その中で最も多いのが「時短を使ったことを後悔している」という声だ。後悔しているのは時短そのものではない。時短を選んだ瞬間に昇進ルートから外されるという事実を、誰も事前に教えてくれなかったことへの後悔だ。

2025年4月に新設された「育児時短就業給付金」は、2歳未満の子を養育しながら時短勤務を選択した場合に賃金の約10%が給付される制度だ。経済的な補填は進んでいる。しかし、キャリアの補填——つまり時短勤務中の評価基準の透明化と昇進ルートの再設計——は、ほとんどの企業で手つかずのままだ。

構造3:「復帰後の自分」を過去の自分と比較して追い詰めている

これは組織側ではなく、本人側の構造的な問題だ。

育休前にバリバリ働いていた自分。深夜まで残業できた自分。出張も厭わなかった自分。復帰後、その「過去の自分」を基準にしてしまうと、現在の自分が「劣化した」ように感じる。

退職面談で見たパターンとして、休職復帰後に「以前の自分」に戻ろうとして再び壊れるケースがあるが、育休復帰でもまったく同じ構造が起きている。過去の自分を基準にすると、今の自分は常に「足りない」状態になる。

マイナビ転職動向調査2026年版によれば、転職者の52.6%がキャリア停滞感を感じていたという。育休復帰者の場合、この停滞感は「能力が下がった」のではなく、働き方の制約が変わったことで、過去と同じ評価指標で自分を測れなくなっただけだ。

しかし、この「だけ」が本人にとっては深刻だ。退職面談で「もう以前のようには働けない」と涙を流した人を何人も見てきた。問題は能力ではない。評価の物差しを更新できていないことだ。

なぜ育休復帰後のキャリア停滞は「構造」の問題なのか

ここまで3つのパターンを見てきたが、いずれも本人の能力や努力の問題ではない。

  1. 配慮の終了タイミングが設計されていない(組織の復帰設計の欠陥)
  2. 時短勤務の評価基準が不透明(人事制度の設計不足)
  3. 自己評価の物差しが更新されていない(言語化の機会の欠如)

厚生労働省のデータによれば、第一子出産後に就業を継続する正社員女性は83.4%に達している。育休を取って戻る人は増えた。しかし、戻った後のキャリアをどう設計するかは、個人の力量に丸投げされたままだ。

Xでも「育休中にリモート廃止!復帰か転職か」という投稿が話題になっていたが、これは制度変更が復帰者のキャリア設計を根底から覆す典型例だ。育休中に職場のルールが変わり、復帰したときには前提条件がまったく違っている——この構造的なリスクに対して、多くの組織は無防備だ。

マミートラックから抜け出す3ステップ

ステップ1:「いつ、どの業務に戻るか」を上司と言語化する

復帰後1ヶ月以内に、上司に対して「3ヶ月後・6ヶ月後にどの業務レベルに戻る想定か」を確認する。聞くことは「わがまま」ではない。人事部の評価会議では、復帰後に自分のキャリアプランを言語化できている人は例外なく高い評価を受ける。逆に、何も言わない人は「現状に満足している」と判断される。これは善悪の問題ではなく、組織の意思決定の構造だ。

ステップ2:「時短の自分」の成果を数字で記録する

時短勤務中であっても、自分が出した成果を月次で記録しておく。売上・件数・改善率・コスト削減額——何でもいい。「時間あたりの生産性」で語れる武器を持っておくことが、評価面談で自分を守る唯一の手段だ。退職面談で「頑張っていたのに評価されなかった」と言う人の大半は、頑張りを数字に変換していなかった。

ステップ3:「過去の自分」ではなく「今の自分のベスト」を基準にする

育休前と同じ働き方はできない。それは劣化ではなく、条件の変化だ。今の制約の中で出せる最大の成果を「自分の新しい基準」にする。休職復帰後に安定する人は、例外なく復職初期に「今の自分のベスト」を再定義できている。これは育休復帰でも同じだ。そして、その新しい基準を1人の信頼できる人に話して、定期的に言語化する場を持つことが、停滞感を構造的に防ぐ鍵になる。

よくある質問(FAQ)

Q1. 時短勤務を使うと昇進できないのは違法ではないですか?

育児・介護休業法では、育休取得や時短勤務を理由とした不利益取扱いは禁止されている。しかし「時短だから評価を下げた」と明言する企業はほぼなく、「総合評価の結果」として処理される。違法性の立証は難しいのが実態だ。まずは評価基準の開示を上司・人事に求め、記録を残すことが第一歩になる。

Q2. 育休復帰後に転職すべきタイミングはいつですか?

採用側の論理で言うと、復帰後すぐの転職は「育休制度を利用しただけ」と見られるリスクがある。復帰後6ヶ月〜1年は現職で成果を出し、その実績を持って動くのが最も評価されやすい。ただし、復帰後に明らかな不利益取扱いがある場合は、記録を残した上で早めに動くべきだ。

Q3. マミートラックに入っていることを上司にどう伝えればいいですか?

「マミートラック」という言葉は使わない方がいい。代わりに「復帰後のキャリアプランを相談したい」「担当業務の範囲を広げたい」という形で、具体的な業務レベルの話として切り出す。感情ではなく事実で伝えることが、人事側が動きやすくなる条件だ。

Q4. 夫の育休取得で自分のキャリア停滞は防げますか?

一定の効果はある。夫が育休を取得することで家事・育児の分担が進み、復帰後の時短幅を縮小できる可能性がある。ただし、マミートラックの本質は「組織側の復帰設計の不在」にあるため、家庭内の分担だけでは解決しない。組織に対する働きかけと家庭内の設計の両輪が必要だ。

Q5. 育休中にやっておくべきキャリア準備はありますか?

職務経歴書の更新をすすめる。育休中に自分のキャリアを市場語で書き直す作業をしておくと、復帰後の自己評価の物差しが更新される。また、復帰前に上司と「復帰後の業務イメージ」を30分でもすり合わせておくだけで、復帰後のミスマッチが大幅に減る。

まとめ

育休復帰後にキャリアが止まったと感じるのは、気のせいでも甘えでもない。配慮と排除の境界が曖昧な組織設計、時短勤務の評価基準の不透明さ、自己評価の物差しの未更新——この3つの構造が重なり合って、復帰者のキャリアを静かに止めている。

制度は整いつつある。育児時短就業給付金、テレワークの努力義務化、柔軟な働き方措置の義務化。しかし、制度だけではキャリアは守れない。自分のキャリアを言語化し、組織に伝え、成果を記録する——この3つを自分の手で設計することが、マミートラックから抜け出す唯一の方法だ。

今日できることは一つでいい。復帰後の業務について、上司に「3ヶ月後のイメージを教えてほしい」と聞く。それだけで、配慮という名の停滞に終止符を打つきっかけになる。

参考文献

  • ビースタイルグループ しゅふJOB総研「マミートラックに関する調査」
  • マイナビ「転職動向調査2026年版(2025年実績)」(2026年3月)
  • Works Human Intelligence「2025年4月・10月育児・介護休業法改正 法人の対応状況と課題に関する調査」(2025年3月)
  • 厚生労働省「第一子出産前後の妻の継続就業率・育児休業利用状況」
  • 厚生労働省「育児休業制度特設サイト 法改正のポイント」(2025年)