「10月末で退職したいが、有給が23日残っている。いつから有給消化に入れるのか計算できない」——9月に入ってからこのパターンの相談が毎年集中する。
同じような相談者の共通点がある。退職を伝えるタイミングと有給消化の開始日を別々に考えているため、どこから設計すればいいか分からなくなっているのだ。
結論を先に言う。有給消化の計算は「退職日から逆算する」が正しい順序だ。退職日を先に決め、そこから有給残日数分の所定労働日を遡った日が有給消化の開始日になる。
以下、法的根拠と具体的な計算手順を整理する。
有給消化の計算は「所定労働日数」ベースで行う
まず前提として確認しておきたい。年次有給休暇は「暦日」ではなく「所定労働日」ベースで消化する。週休2日制の場合、土日は有給の消化日数に含まれない。
例えば有給残日数が20日の場合、所定労働日が週5日なら20日の消化には4週間(=20営業日)必要になる。カレンダー上は4週間だが、土日祝を含む場合は実際の暦日がこれより長くなる。
10月末(31日)退職を目指す場合の計算手順は以下の通りだ。
- 有給残日数を給与明細または勤怠システムで確認する
- 10月31日から遡って所定労働日数を数える(土日・祝日を除く)
- 数えた日数が有給残日数と一致した日が「有給消化開始日」になる
- 有給消化開始日の前日が「最後の出勤日」になる
具体例で示す。有給残日数が15日、10月の所定労働日数を考慮すると——10月1日〜31日の所定労働日数は約23日(祝日の数で変動)。15日を遡ると10月9日前後が開始日になる計算だ。最後の出勤日は10月8日前後になる。
退職日逆算設計の3ステップ
ステップ1:有給残日数を退職意思表示の前に確認・証拠保全する
退職を切り出す前に、有給残日数を給与明細またはシステムで確認し、スクリーンショットや印刷で記録に残す。退職意思を伝えた後に残日数を「虚偽説明」されるケースがある。事前に記録しておけば争いになった際の証拠になる。
就業規則の有給消化規程と退職金規程もこのタイミングで確認・保全しておく。賞与支給日の前後で退職日の設計が変わる場合もあるため、並行して確認する。
ステップ2:退職日・有給消化開始日・退職届提出日の3点セットを設計する
上記の逆算計算で有給消化開始日が確定したら、次の3点セットを書面で準備する。
- 退職届:退職日を「○年10月31日付」と明記。退職願ではなく退職届を使う(退職届は一方的意思表示、退職願は合意申し込みで法的性質が異なる)
- 有給取得届:「○月○日〜10月31日まで年次有給休暇を取得します」と明記。退職届と同日・同封で提出する
- 提出タイミング:就業規則の申し出期間(多くは1ヶ月前)に合わせるなら9月末までの提出が目安。ただし民法第627条により2週間前の申し出で退職は成立するため、法的に最短で進める場合は10月末の2週間前でも有効だ
退職届と有給取得届を同日・書面で提出することが重要だ。口頭では「後から受理する」「有給については別途調整」と引き延ばされるケースが多い。書面にすることで提出事実が残り、会社側の「後回し」戦術を封じられる。
ステップ3:消化拒否された場合は書面での時季変更権の限界を伝える
有給消化を申し出たら「その時期は繁忙期なので変更してほしい」と言われた——というケースがある。
労働基準法第39条によると、会社には「時季変更権」があるが、これは「別の時期に変更させる」権利であり、有給を取らせない権利ではない。そして退職時には時季変更権がほぼ行使できない。変更先として指定できる労働日が存在しないからだ(退職日以降は在籍しないため)。
拒否された場合は、書面で「退職日以降に変更先の労働日が存在しないため時季変更権は行使不能であること」を伝え、有給取得届の提出記録を残した上で、応答がなければ労働基準監督署への申告が選択肢になる。
9月申し出→10月末退職の具体的タイムライン
社労士独立後、退職日逆算設計を相談者に助言する中で繰り返し見えてきたパターンがある。有給消化トラブルの大半は、退職を切り出した後に「有給をどうするか」を考え始めることで発生している。順番が逆なのだ。
9月中旬に相談に来た20代の男性は、「10月末退職を上司に伝えた後に有給が残っていることに気づいた」という状況だった。上司からはすでに「引き継ぎが終わるまでは休めない」と言われていた。
確認したところ有給残日数は18日。10月末からの逆算で10月7日前後が消化開始日になる計算だった。退職届と有給取得届を書面で改めて同時提出し、時季変更権の限界を書面で添えて伝えた。結果、会社側は有給消化を認め、10月7日以降は出勤せずに退職を完了した。
退職日を有給残日数から逆算して設計し、書面で同時提出する——この手順を踏むだけで消化トラブルの大半は事前に防げる。
よくある質問
Q1. 有給残日数が退職日までの所定労働日を超えています。残った有給はどうなりますか?
退職日を超えた残有給は原則として消滅する。ただし、物理的に消化できない分については会社と交渉して買い取りが認められる場合がある(昭和27年9月20日基発第675号)。法律上の義務ではないが、書面での買い取り交渉を試みる価値がある。
Q2. 就業規則に「退職1ヶ月前に申し出ること」とありますが、守らないとどうなりますか?
民法第627条は強行規定であり、就業規則で申し出期間を2週間より長く設定しても法的拘束力はない(東京地判昭51年・高野メリヤス事件)。ただし就業規則の期間内に申し出ると退職金の減額規定が適用されないケースがある。就業規則の退職金条項を事前に確認することを勧める。
Q3. 退職届を出すタイミングは上司に口頭で伝えてからのほうがいいですか?
円満退職を希望する場合は口頭での事前相談をした上で書面提出が一般的だ。ただし引き止めが予想される場合や、有給消化に不安がある場合は、退職届と有給取得届を書面で同時提出することが最も確実な方法になる。提出後は撤回しないことが原則——一度提出した退職届を撤回すると、次回の退職申し出のハードルが大きく上がる。
Q4. 退職が決まった後、引き継ぎ期間中の有給消化は認められますか?
引き継ぎを先に完了させてから有給消化に入る順序が現実的だ。引き継ぎが終わっていない状態での有給消化は、時季変更権の行使余地を残す。退職日逆算設計の際、引き継ぎに必要な期間を事前に見積もり、消化開始日の前に引き継ぎを終わらせるスケジュールを組むことを勧める。
Q5. 9月中旬から退職を申し出て、10月末退職は現実的に可能ですか?
民法第627条の2週間ルールで考えると、9月中旬の申し出であれば10月初旬には退職が成立する。就業規則が1ヶ月前申し出の場合も、法的には2週間で成立するため、10月末退職は十分に実現可能だ。ただし円満退職を優先するなら就業規則の期間に沿った手続きが摩擦を減らす。有給残日数の逆算設計を今週中に終わらせておくことを勧める。
参考文献
- 労働基準法第39条(年次有給休暇)——時季変更権の要件と退職時の行使不能
- 民法第627条(雇用の解約の申入れ)——2週間ルールの強行法規性
- 昭和27年9月20日基発第675号——退職時の有給買い取りの合法性根拠
- 東京地判昭和51年10月29日(高野メリヤス事件)——就業規則より民法627条が優先
- 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」——年次有給休暇の取得率・残日数の実態






