「転職先が決まる前に会社を辞めるのは危険ですか?」

社労士として独立して3年目になるが、この相談は毎月必ずくる。特に9月・3月・GW明けに集中する。答えはシンプルだ。「先退職は危険」という判断は半分正しく、半分は思い込みだ。失業保険・社会保険・有給消化の3軸を数字で確認すれば、状況に応じた正しい判断ができる。

在職中転職と先退職の基本構造

在職中転職とは、現在の会社に在籍したまま転職活動を行い、内定後に退職するパターン。先退職とは、転職先を決めずに退職し、退職後に転職活動を行うパターンだ。

監督官時代に見てきたのは、「先退職は危険」という固定観念から在職中転職を選び、心身が消耗した状態で転職活動を続けた結果、条件を妥協した入社先を選ばざるを得なくなるケースだ。逆に、先退職が合理的な状況で在職中転職を選び、長期間在籍を続けて体調を崩すケースも少なくなかった。法律と数字を整理すれば、この判断に感情を持ち込む必要はない。

判断軸①:失業保険の損得

在職中転職の場合、退職後すぐに次の会社に入社するため、原則として失業保険を受給できない。雇用保険法第15条の「失業の認定」は、「就職しようとする意思と能力があるにもかかわらず就職できない状態」が要件だ。転職先が決まった状態での退職は「失業」に該当しない。

一方、先退職であれば失業保険の受給が可能だ。2025年4月の雇用保険法改正(令和7年法律第14号)により、自己都合退職の給付制限期間が2ヶ月から原則1ヶ月に短縮された(雇用保険法第33条)。

退職区分 待機期間 給付制限 受給開始まで
自己都合(原則) 7日間 1ヶ月(2025年4月改正後) 約6〜7週間後
自己都合(5年以内3回以上) 7日間 3ヶ月(改正適用外) 約3ヶ月半後
特定理由離職者(ハラスメント・体調不良等) 7日間 なし 約1〜2週間後
会社都合(解雇・退職勧奨等) 7日間 なし 約1〜2週間後

注意が必要なのは「5年以内に3回以上自己都合退職した場合は3ヶ月の給付制限が適用される」という例外条件だ。2025年4月以降、SNSで「改正で1ヶ月でもらえる」という情報だけが広まり、この例外に自分が当てはまると気づかないまま退職する相談者が増えている。自分が5年以内に何回自己都合で退職したかを確認してから判断すること。

また、ハラスメントや長時間残業が退職理由であれば、特定理由離職者として給付制限なしで受給できる可能性がある。この認定を受けるには証拠が必要だ。退職を伝える前に、タイムカード写真・業務メール・録音データを保全しておくことが前提条件になる。

判断軸②:社会保険料の損得

在職中転職では、転職先への入社日を退職日の翌日以降に設定すれば、社会保険(健康保険・厚生年金)の空白は生じない(厚生年金保険法第14条)。退職日と入社日を同日以外に設定しても問題ないが、1日以上空ける場合は以下の手続きが必要になる。

選択肢 手続き期限 保険料目安 ポイント
国民健康保険へ切り替え 退職翌日から14日以内 前年所得ベース(市区町村により異なる) 低所得者には軽減措置あり
任意継続被保険者 退職翌日から20日以内 在職中の会社負担分も自己負担(上限あり) 2年間継続可、途中脱退は就職時のみ

先退職を選ぶ場合は、退職前に市区町村の窓口か会社の健康保険組合に保険料の試算を依頼しておくことが損失を最小化するポイントだ。国保の保険料は市区町村によって大きく異なり、東京都23区と地方では年間で10万円以上の差が生じることもある。退職後に「こんなに高いのか」と驚いてから相談に来るケースが多いが、行政指導の対象になるような問題ではなく、単純に事前確認の不足による想定外のコストだ。事前に確認するだけで防げる。

判断軸③:有給消化の活用方法

在職中転職で最も見落とされるのが、有給消化と転職活動を組み合わせる設計だ。有給休暇の取得理由に会社は制限を設けることができず(労働基準法第39条)、有給消化期間中に転職活動(面接参加・内定受諾)を行うことは就業規則の兼業禁止規定に抵触しない。問題になるのは「転職先での勤務開始タイミング」のみであり、現在の在籍中に転職先で勤務を開始することを避ければ法的問題は生じない。

つまり、有給残日数が転職活動期間をカバーできるなら、在職中転職が最も損失が少ない選択肢になる。退職意思を伝える前に有給残日数を確認し、消化期間を退職日から逆算して退職届に明記することが鉄則だ。

逆に、有給がほぼゼロで転職活動に2〜3ヶ月かかりそうな場合、在職中転職では収入を維持できるが、面接調整・書類準備・メンタルの維持が同時に求められる状態が長期間続く。財務的な安全余裕がある状況であれば、先退職して転職活動に集中する方が精度の高い転職につながるケースも多い。

状況別の判断フロー

3つの問いを順番に確認するだけで、大半のケースで方針が決まる。

  1. 有給残日数が転職活動期間をカバーできるか?
    YESなら在職中転職を選び、有給消化中に転職活動を完結させる。有給消化終了日を退職日として退職届に明記し、退職届と有給取得届を同時提出する。
  2. 6ヶ月分の生活費を賄える資金があるか?
    NOなら在職中転職を継続。収入が途切れないことを優先する。
    YESなら先退職も選択肢に入れる。失業保険(待機7日+給付制限1ヶ月)の受給開始後、転職活動に集中する。
  3. 現在の心身の状態で在職と転職活動を同時にこなせるか?
    NOであれば先退職を選ぶ。診断書・証拠保全を退職前に完了させ、特定理由離職者として給付制限なしでの受給を検討する。ハローワークへの申告は、証拠を揃えてから行うこと。

元監督官からの一言

雇用保険法第33条によると、2025年4月改正後の給付制限は「原則1ヶ月」だ。月給30万円の会社員であれば、受給可能な失業給付は日額で概ね4,000〜6,000円前後になる(直前6ヶ月の賃金日額×給付率60〜80%)。転職活動が2ヶ月かかれば、30〜40万円前後の給付を受けられる計算になる。

「先退職は絶対にダメ」という判断は、この数字を知らないまま感情論で下した判断だ。法律と数字で判断すれば、退職の選択肢が広がる。どの道を選ぶにしても、有給残日数・生活防衛資金・退職理由の3点を退職を伝える前に整理しておくことが、損しない退職タイミングを設計する唯一の方法だ。

よくある質問(FAQ)

Q1. 先退職してから転職活動すると、面接で不利になりますか?

以前と比べて不利になるケースは減っています。ただし、空白期間が長くなると「在職中に活動できなかった理由」を問われる場面は増えます。先退職を選ぶ場合は、活動開始から3〜4ヶ月以内に内定を目指すスケジュールを立て、面接では具体的な理由(体調回復・集中的なスキル習得等)を説明できるよう準備しておくことが有効です。

Q2. 2025年4月の改正で「自己都合でも1ヶ月でもらえる」は本当ですか?

原則として正しいですが、条件があります。7日間の待機期間終了後に1ヶ月の給付制限期間が設けられるため、実際に受給が始まるのは退職後6〜7週間後です。また、5年以内に3回以上自己都合退職している場合は3ヶ月の給付制限が適用されます。まず自分の過去の退職回数を確認してから行動してください。

Q3. 有給消化中に転職活動するのは法的に問題ありませんか?

問題ありません。有給休暇の使途に会社は制限を設けることができず(労働基準法第39条)、面接への参加・内定受諾は兼業禁止規定に該当しません。注意が必要なのは「転職先での勤務開始日」のみです。現職の退職日より後の日付を入社日に設定することで、社会保険の重複問題も回避できます。

Q4. ハラスメントが原因で辞めたい場合、証拠がなくても特定理由離職者になれますか?

証拠がなければ認定を受けるのは難しくなります。特定理由離職者の認定はハローワークが証拠を踏まえて判断します。録音データ・業務日誌・診断書・上司とのメール記録など、手元にある証拠を整理してから申告することが前提条件です。証拠保全は退職を伝える前に完了させてください。

Q5. 先退職後、失業保険の申請はすぐに行う必要がありますか?

できる限り早くハローワークに求職申込みを行うことを推奨します。待機期間(7日)と給付制限期間(1ヶ月)の起算点はハローワークへの申告日から始まるため、申告を遅らせるとその分だけ受給開始が遅れます。離職票が届く前でも「仮手続き」として求職申込みだけ先に行うことができます。

参考文献

  • 厚生労働省「雇用保険法の一部を改正する法律(令和7年法律第14号)概要」
  • e-Gov法令検索「雇用保険法」(第15条・第33条)
  • 厚生労働省「雇用保険制度の概要
  • e-Gov法令検索「厚生年金保険法」(第14条)