「退職代行を使ったのに、会社が対応してくれない」——社労士事務所にこの相談が急増したのは、2026年2月のモームリ代表逮捕がきっかけでした。

退職代行サービスの利用者は年々増加していますが、民間業者を使っても退職が成立しないケースが後を絶ちません。特にモームリ事件以降、企業側が非弁業者との対話を明確に拒否する姿勢を見せるようになり、「お金を払ったのに辞められない」という二重の困難に陥る相談者が私の事務所にも月3〜4件のペースで入るようになりました。

労働基準法第5条によると、使用者は労働者の意思に反して労働を強制してはなりません。退職の自由は法律で保障されています。問題は退職代行の「使い方」と「選び方」にあります。

モームリ事件で何が起きたのか——非弁行為の境界線

2026年2月3日、退職代行サービス「モームリ」の運営会社アルバトロス代表が弁護士法違反(非弁提携)の疑いで逮捕されました。容疑は、退職代行の依頼者に特定の弁護士を紹介し、1件あたり約1万6,500円の紹介料を受け取っていたこと。さらに、この報酬を労働組合への「賛助金」に偽装していた疑いも持たれています。

監督官時代に見たのは、制度の隙間を突くビジネスが拡大した後に必ず来る「揺り戻し」です。モームリ事件後、企業の人事部が退職代行業者からの連絡に対し「本人から直接話を聞きたい」「民間業者との対話には応じない」と明確に拒否するケースが目立つようになりました。日本経済新聞の報道によれば、企業の約3割が非弁業者との対話を拒否する姿勢を示しています。

退職代行の3類型——できることの境界線を正確に把握する

退職代行は運営主体によって法的にできる範囲がまったく異なります。この違いを理解せずに依頼すると、「お金を払ったのに何も進まない」事態に陥ります。

類型1:民間業者(費用相場:2〜5万円)

できることは退職の意思を会社に伝えることのみです。有給消化の交渉、未払い賃金の請求、退職条件の調整は一切できません。これらを行えば弁護士法第72条違反(非弁行為)に該当します。会社が「本人と直接話したい」と拒否した場合、民間業者にはそれ以上の手段がありません。

類型2:労働組合(費用相場:2.5〜3万円)

憲法第28条の団体交渉権に基づき、退職条件の交渉が可能です。ただし、モームリ事件で問題になったように、実態のない「名ばかり組合」が退職代行のために設立されているケースがあります。組合としての活動実績がなければ、団体交渉権の行使は法的に争われるリスクがあります。

類型3:弁護士(費用相場:5〜10万円)

退職交渉に加え、未払い賃金の請求、損害賠償への対応、訴訟対応まで一貫して代理できます。会社が退職を拒否した場合でも法的手段で対処可能であり、唯一「確実に退職を完結させられる」選択肢です。

「退職代行で辞められない」4つの典型パターン

私の事務所に来る相談を分類すると、以下の4パターンに集約されます。

パターン1:民間業者の連絡を会社が無視する

最も多いケースです。民間業者には交渉権がないため、会社が「本人から連絡がなければ対応しない」と言えば手詰まりになります。

パターン2:有給消化や退職条件の交渉が進まない

民間業者が「有給消化も大丈夫です」と営業段階で説明しながら、実際には法的に交渉できず、会社の言い値で処理されるケースです。

パターン3:退職届の提出代行ができていない

民間業者が電話やメールで退職意思を伝えただけで、法的に有効な退職届が会社に到達していないケースです。民法第627条の到達主義では、退職届が会社に「届いた」時点で効力が発生しますが、口頭の伝達では証拠が残りません。

パターン4:会社が損害賠償をちらつかせて威圧する

「引き継ぎなしで辞めたら損害賠償を請求する」と脅されるケースです。労働基準法第16条は賠償予定の禁止を定めており、引き継ぎ不足だけで高額賠償が認められた判例はほぼ存在しません。しかし、民間業者にはこの法的根拠を会社に伝えて交渉する権限がありません。

会社に拒否されても確実に退職できる3ステップ

退職代行が機能しなかった場合でも、以下の手順で退職は必ず成立します。朝5時に起きて判例と行政通達をチェックする日課の中で、私が繰り返し確認してきた手順です。

ステップ1:証拠保全を行う

退職代行業者とのやり取り(契約書、メール、支払い記録)、会社との連絡記録、タイムカードの写真、就業規則のコピーを保全します。退職代行業者が非弁行為に該当する業務を行っていた場合、消費生活センターへの相談材料にもなります。

ステップ2:内容証明郵便で退職届を送付する

配達証明付きの内容証明郵便で、代表取締役宛てに退職届を送付します。宛先を代表取締役にすることで、「人事権者に届いていない」と争われるリスクを排除できます。民法第627条により、退職届が到達した日から2週間で雇用契約は終了します。高野メリヤス事件(東京地判昭51.10.29)でも、退職届の到達時点で退職の効力が発生すると判示されています。

内容証明郵便に切り替えた相談者は、私の経験上ほぼ全員が2週間以内に退職を成立させています。受取拒否が続いていた会社も、内容証明郵便の到達後は退職手続きに応じるケースが大半です。

ステップ3:交渉事項がある場合は専門家に切り替える

未払い残業代の請求や有給消化の交渉が必要な場合は、弁護士または社労士に依頼を切り替えます。退職代行業者に支払った費用の返金を求める場合は、消費生活センター(188番)に相談してください。

退職代行を使う前に確認すべき3つのチェックポイント

行政指導の対象になりますが、退職代行業者の選定ミスは労働者自身の不利益に直結します。依頼前に以下を確認してください。

  1. 運営主体の確認:民間業者・労働組合・弁護士のどれか。「労働組合運営」を謳う場合は、組合の活動実績(定期大会の開催、組合員の存在)を確認する
  2. 「交渉」の有無:有給消化や退職条件の交渉が必要な場合、民間業者では対応不可。交渉が必要なら労働組合または弁護士を選ぶ
  3. 返金ポリシー:退職が成立しなかった場合の返金規定を契約前に書面で確認する。返金規定がない業者は避ける

よくある質問(FAQ)

Q1. 退職代行を使ったら会社から損害賠償を請求されますか?

労働基準法第16条は賠償予定の禁止を定めており、退職したこと自体を理由とする損害賠償請求が認められることは極めて稀です。引き継ぎ不足のみで高額賠償が認められた判例はほぼありません。ただし、最低限の引き継ぎメモを書面で残しておくことで、法的リスクはさらに低減できます。

Q2. 民間の退職代行業者に払ったお金は取り戻せますか?

退職が成立しなかった場合、消費生活センター(188番)に解約相談ができます。契約書の返金規定に基づく返金請求が基本ですが、業者が非弁行為を行っていた場合は契約自体の無効を主張できる可能性もあります。

Q3. モームリ事件後、退職代行サービス自体は違法になったのですか?

退職代行サービス自体が違法になったわけではありません。問題になったのは、民間業者が弁護士法に違反する「交渉」を行っていたこと、および非弁提携(弁護士への違法な紹介料の受領)です。運営主体の法的権限の範囲内であれば、退職代行は合法です。

Q4. 内容証明郵便を送っても会社が受け取らない場合はどうなりますか?

内容証明郵便が受取拒否された場合は「到達」として扱われます(意思表示の到達主義)。不在で返送された場合は、特定記録郵便での再送付や、直接持参して証人を立てる方法があります。最終的には、労働基準監督署への相談も有効です。

Q5. 退職届と退職願、どちらを送ればいいですか?

退職届(辞職の意思表示)を送付してください。退職届は到達時点で法的効力が発生する一方的な意思表示であり、会社の承認は不要です。退職願は合意退職の「申込み」であり、会社が承諾しなければ効力が生じません。確実に退職を成立させるには退職届を選択してください。

参考文献

  • 日本経済新聞「退職代行モームリの違法あっせん、労働組合を隠れみのに悪用か」(2026年2月)——モームリ事件の経緯と非弁提携の詳細
  • 日本経済新聞「『退職代行』はどこから非弁行為か モームリ捜索で浮かぶ線引き」(2025年10月)——退職代行と弁護士法第72条の境界線
  • coki「退職代行は不利になるのか 企業3割が拒否・7割が採用に影響」(2026年)——モームリ事件後の企業側対応の実態調査
  • 弁護士法人川越みずほ法律会計「退職届を内容証明郵便で送付のすすめ」(2026年3月)——内容証明郵便による退職意思表示の法的効力
  • 民法第627条、労働基準法第5条・第16条、弁護士法第72条