「休職中だけど、もう復職する気力がない。このまま退職したい」
社労士として独立してから、この相談は毎月のように入る。特にGW明けや年度末に集中する傾向がある。
結論から言えば、休職中であっても退職は法的に可能だ。民法第627条によると、期間の定めのない雇用契約であれば、退職の意思表示から2週間で契約は終了する。休職中であることは、この権利を制限する理由にはならない。
ただし、問題は「辞められるかどうか」ではない。傷病手当金の継続受給を潰さずに退職できるかどうか——ここで手続きを間違えると、退職後の生活基盤が一気に崩れる。
監督官時代に見たのは、退職の手続き自体は問題なかったのに、退職日の行動一つで傷病手当金を失ったケースだ。知っているかどうかで結果が大きく変わる。
休職中の退職が法的に認められる根拠
まず法的根拠を整理する。労働基準法第5条は強制労働を禁止しており、労働者の退職の自由は憲法第22条の職業選択の自由にも関わる重大な権利だ。
民法第627条第1項は「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する」と定めている。
休職中であっても、この規定の適用に例外はない。就業規則で「休職中の退職には所属長の承認が必要」と定めている会社もあるが、民法627条は強行法規であり、退職に会社の承認は法的に不要だ。
社労士として相談を受けていて多いのが、「休職中に退職したら懲戒扱いになるのではないか」という不安だ。しかし、休職中の退職は労働者の権利であり、これを理由に懲戒処分を行うことは法的に認められない。
傷病手当金を止めずに退職するための4つの条件
休職中の退職で最も重要なのは、傷病手当金の継続給付(資格喪失後の継続給付)の条件を確実に満たすことだ。健康保険法第104条に基づき、以下の4条件をすべて満たす必要がある。
条件1:被保険者期間が継続して1年以上あること
退職日までに、健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あることが必要だ。ここで注意すべきは「継続して」という点。転職して間が空いていると、期間がリセットされる。
なお、任意継続被保険者としての期間はこの1年に含まれない。あくまで在職中の被保険者期間だ。
条件2:退職日時点で傷病手当金を受給中または受給要件を満たしていること
退職日(資格喪失日の前日)において、現に傷病手当金の支給を受けているか、受けられる状態であることが必要だ。休職中に傷病手当金を申請済みであれば、通常この条件は満たされる。
条件3:退職日に出勤していないこと——最も見落とされる致命的条件
ここが最大の落とし穴だ。退職日に出勤してしまうと、傷病手当金の継続給付の権利を失う。
「最終日だから挨拶だけ」「荷物を取りに行くだけ」——この軽い気持ちが、退職後最大1年6ヶ月分の傷病手当金を消し飛ばす。退職日に出社して業務を行うと「労務可能」と判断され、継続給付の要件を満たさなくなるためだ。
監督官時代に見たのは、まさにこのパターンで傷病手当金を失った相談者だった。私物の回収は退職日より前に済ませるか、家族や同僚に依頼する。挨拶は書面かメールで行う。これを徹底してほしい。
条件4:退職後も労務不能の状態が継続していること
退職後も、在職中と同じ傷病によって労務不能であることが継続している必要がある。医師の診断書でこれを証明する。退職直後に別の会社で働き始めると、労務可能と判断される可能性がある。
休職中に退職届を提出する3つの手順
休職中は出社できないケースがほとんどだ。以下の3ステップで確実に退職を成立させる。
ステップ1:退職届を内容証明郵便で送付する
退職届(退職願ではなく「退職届」)を内容証明郵便・配達証明付きで会社の人事部門宛に送付する。民法第627条の解約申入れは「到達主義」であり、届が会社に届いた時点で効力が発生する。会社の受理・承認は法的要件ではない。
退職届には「一身上の都合により、令和○年○月○日をもって退職いたします」と明記する。退職日は、到達日から2週間以上先の日付を設定する。
以前、退職を切り出す前の証拠保全についてチェックリストを体系化したことがあるが、休職中の場合はすでに会社との物理的な距離があるため、内容証明郵便による退職届の送付が最も確実で安全な手段となる。
ステップ2:傷病手当金の申請状況を確認・整理する
退職前に以下を確認する。
- 傷病手当金の支給開始日と残りの受給可能期間(最長1年6ヶ月から通算)
- 直近の申請書が提出済みか(未提出期間があれば退職前に申請)
- 退職後の申請方法(会社の証明が不要になるため、本人→医師→健康保険組合の流れに変わる)
退職後の傷病手当金申請では、会社の事業主証明欄の記入が不要になる。加入していた健康保険組合または協会けんぽに直接申請書を提出する。
ステップ3:退職日を「傷病手当金の継続給付」に最適化して設定する
退職日の設定は戦略的に行う。ポイントは以下の通り。
- 退職日は絶対に出勤しない日にする(条件3を確保)
- 被保険者期間1年以上を確認してから退職日を設定する
- 有給休暇が残っている場合、退職届の退職日までの期間に有給を充当できる(労基法第39条。退職時の時季変更権はほぼ行使できない)
退職後の社会保険切り替え——3つの選択肢
休職中に退職した場合、退職翌日から健康保険・年金の切り替えが必要になる。
健康保険:任意継続 vs 国民健康保険
任意継続被保険者は、退職日までに被保険者期間が継続して2ヶ月以上あれば、退職翌日から20日以内に申請することで最大2年間加入できる。ただし、任意継続被保険者には傷病手当金の新規支給はない(退職前からの継続給付は別途受けられる)。
国民健康保険は、前年の所得に基づいて保険料が計算される。休職前の年収が高かった場合、1年目の国保料は高額になる可能性がある。
労働基準法第○条によると——という話ではなく、ここは健康保険法の領域だが、実務上は任意継続の方が保険料が安いケースが多い(上限額が設定されているため)。退職前に、任意継続の保険料と国保の保険料を両方試算して比較することを勧める。
年金:厚生年金から国民年金への切り替え
退職日の翌日から14日以内に、市区町村の窓口で国民年金第1号被保険者への切り替え手続きを行う。経済的に厳しい場合は、国民年金の免除申請も検討する。退職(失業)を理由とした特例免除は、本人の所得を除外して審査されるため、認められやすい。
休職中の退職で注意すべき3つの落とし穴
落とし穴1:会社が「退職届を受理しない」と言ってくる
繰り返すが、退職届の受理は法的要件ではない。内容証明郵便で退職届が会社に到達すれば、2週間後に雇用契約は自動的に終了する。「受理しない」と言われても、法的には退職は成立する。
落とし穴2:離職票の離職理由が「自己都合」になる
休職中の退職は原則「自己都合退職」として処理される。ただし、傷病により就労困難な状態での退職であれば、ハローワークで「正当な理由のある自己都合退職」(特定理由離職者)として認定される可能性がある。この場合、失業保険の給付制限期間(原則2ヶ月)が免除される。
医師の診断書を準備してハローワークに相談することを勧める。
落とし穴3:退職金規程の確認を怠る
就業規則の退職金規程は、退職理由や勤続年数によって支給額が変わることがある。休職期間が勤続年数に含まれるかどうかも会社の規程次第だ。退職届を出す前に、就業規則の退職金規程を確認・保全しておくこと。退職を伝えた後に閲覧制限をかける会社も実務上存在する。
よくある質問(FAQ)
Q1. 休職中に退職届を出したら、休職期間の社会保険料を一括請求されますか?
休職中も社会保険料の支払い義務は継続している。多くの会社では休職中の社会保険料を立て替えており、退職時に精算を求められることがある。これは合法的な請求であり、退職金や最終給与から控除されるケースが一般的だ。事前に人事部門に未払い分の金額を確認しておくとよい。
Q2. 傷病手当金を受給しながら失業保険ももらえますか?
原則として同時受給はできない。傷病手当金は「労務不能」が要件であり、失業保険(基本手当)は「就労の意思と能力がある」ことが要件だ。両者は矛盾する。ただし、傷病手当金の受給が終了した後に失業保険を受給することは可能だ。受給期間の延長手続き(最大4年間)をハローワークで行っておくことが重要だ。
Q3. 休職中に退職代行を使って退職できますか?
退職代行の利用自体は可能だが、休職中の退職で最も重要な「傷病手当金の継続給付条件の確認」は、民間の退職代行業者では対応できない。退職の意思表示だけであれば内容証明郵便で十分であり、傷病手当金や社会保険の手続きについては社労士や弁護士に相談する方が確実だ。行政指導の対象になります——という話ではないが、費用対効果を考えると、退職代行より専門家への直接相談を勧める。
Q4. うつ病で休職中ですが、退職届を書く気力がありません。どうすればよいですか?
退職届は定型文で構わない。「一身上の都合により退職します」の一文と日付・署名があれば法的に有効だ。手書きが難しければ、パソコンで作成して署名のみ手書きでも問題ない。また、家族に代筆を頼むことも可能だが、その場合は委任状を添付するとトラブルを避けられる。まずは主治医に退職の意思を伝え、診断書の準備と並行して進めることを勧める。
まとめ:休職中の退職で失敗しないための3つのチェックポイント
- 傷病手当金の継続給付4条件を確認する——特に「退職日に出勤しない」は絶対に守る
- 退職届は内容証明郵便で送付する——会社の受理は不要、到達から2週間で退職成立
- 社会保険の切り替えと退職金規程を退職前に確認・保全する——後からでは遅い情報がある
休職中の退職は、法的には何も難しくない。難しいのは、傷病手当金や社会保険の手続きを正しい順序で踏むことだ。朝5時に起きて判例と行政通達をチェックするのが日課の私から言えることは、「知っているかどうか」で退職後の生活が決定的に変わるということだ。法的根拠を押さえて、落ち着いて手続きを進めてほしい。






