「休職中だが、もう復職する気力がない。このまま退職したい」
社労士として独立してから、この相談は毎月のように入る。特にGW明けや年度末に集中する。相談者の大半が共通して抱えている不安は「休職中に辞めても大丈夫なのか」と「傷病手当金は退職後ももらえるのか」の2つだ。
結論から言う。休職中の退職は法的にまったく問題ない。そして傷病手当金も、正しい手順を踏めば退職後も継続して受給できる。ただし、手順を1つ間違えるだけで受給権を丸ごと失うケースがある。
労働基準法第〇条によると——ではなく、ここで根拠になるのは健康保険法第104条だ。退職後の傷病手当金継続給付は、この条文が定める4つの要件をすべて満たす必要がある。監督官時代に見たのは、この4条件のうちたった1つを見落として数十万円を失う労働者の姿だった。
傷病手当金の継続給付4条件——1つでも欠けると受給権を失う
健康保険法第104条に基づく退職後の傷病手当金継続給付には、以下の4条件がすべて必要だ。
条件1:退職日までに継続して1年以上の被保険者期間があること
健康保険の被保険者期間が、退職日まで継続して1年以上あることが必要だ。ここで注意すべきは「継続して」という要件。転職で保険者が変わっていても、1日の空白もなく被保険者期間が続いていれば通算できる。ただし、任意継続被保険者の期間は含まれない。
入社11ヶ月で休職に入った場合、この条件を満たさないため退職後の継続給付は受けられない。退職日の設計で1年を超えるタイミングまで待てるかどうかが判断の分かれ目になる。
条件2:退職日(資格喪失日の前日)に傷病手当金を受給中、または受給要件を満たしていること
退職日の時点で、傷病手当金の支給を受けているか、受ける条件を満たしている状態であることが必要だ。休職中で傷病手当金を受給しているなら、この条件は通常クリアできる。
ただし、待期期間(連続3日間の労務不能)が在職中に完成していることが前提だ。休職開始から3日以上経過していれば問題ない。
条件3:退職日に出勤していないこと——最も見落とされる致命的条件
退職日に出勤した場合、それだけで継続給付の受給権を失う。これが最も多い失敗パターンだ。
協会けんぽのFAQにも明記されている——「退職日に出勤したときは、継続給付を受ける条件を満たさないために資格喪失後の傷病手当金はお支払いできません」。短時間の出勤でも、挨拶回りでも、引き継ぎのための数時間でも、出勤扱いになれば受給権は消える。
私の事務所に相談に来た方の中にも、退職日に「最後だからお世話になった人に挨拶だけ」と出社し、その日が出勤扱いとなって傷病手当金の継続給付を失った方がいた。金額にして残り期間分で約80万円。挨拶のために80万円を失ったことになる。
条件4:退職後も引き続き労務不能の状態が継続していること
退職後も同一の傷病で労務不能であることを、医師の意見書で証明し続ける必要がある。在職中と異なり、退職後は一度回復して労務可能と判断された場合、その後に同じ傷病で再び労務不能になっても再受給はできない。この点は在職中の傷病手当金とルールが異なるため、特に注意が必要だ。
休職中からそのまま退職する3ステップ
朝5時に起きて行政通達のチェックをしていると、つくづく思う。休職中の退職は法的には何も難しくない。だが、傷病手当金・社会保険の手続き順序を間違えると、退職後の生活基盤が崩れる。以下の3ステップを順に踏めば、受給権を確保したまま退職できる。
ステップ1:傷病手当金の申請状況を確認する
まず現在の傷病手当金の受給状況を確認する。具体的には以下の3点だ。
- 支給開始日はいつか(通算1年6ヶ月の残り期間がどれだけあるか)
- 直近の申請は提出済みか(未申請期間がないか)
- 被保険者期間は1年以上あるか
健康保険組合や協会けんぽに電話すれば、これらの情報は本人確認の上で教えてもらえる。
ステップ2:内容証明郵便で退職届を送付する
休職中の退職において、内容証明郵便(配達証明付き)による退職届の送付が最も確実で安全な手段だ。出社する必要がなく、退職届の到達日が客観的に証明される。
宛先は代表取締役にする。直属の上司宛てだと「人事権者への到達」を争われるリスクがある。民法627条により、退職届が届いた日から2週間で雇用契約は終了する。月給制の場合も、2020年民法改正により627条2項の制限は使用者側のみに適用されるため、労働者は2週間前の告知で退職できる。
ステップ3:退職日を最適化する
退職日の設計は以下の3点を考慮する。
- 退職日に出勤しないこと(条件3の確保)
- 月末を退職日にすること(社会保険料の空白月を防ぐ。月末の1日前に退職すると、その月の厚生年金が空白になり国民年金の追加手続きが必要になる)
- 有給休暇の残日数を確認すること(退職届到達後2週間の間に有給を充当すれば、出勤せずに退職日を迎えられる)
退職後の傷病手当金申請で変わるポイント
退職後の傷病手当金申請は、在職中と手続きが異なる。最も大きな違いは事業主証明が不要になる点だ。退職後は本人が直接、健康保険組合または協会けんぽに申請書を提出する。会社を通す必要がないため、退職後に会社と連絡を取りたくない場合でも申請手続きは問題なく進められる。
ただし、退職後は国民健康保険または任意継続被保険者に切り替える必要がある。傷病手当金の継続給付は退職時の健康保険(協会けんぽや健保組合)から支給されるが、医療保険の資格は別途確保しなければならない。退職後20日以内であれば任意継続を選択できる。
よくある質問
Q1. 休職中に退職届を出す場合、就業規則の「1ヶ月前までに届出」という規定に従う必要がありますか?
民法627条は強行法規であり、就業規則で退職予告期間を2週間より長く延長しても法的拘束力はない(高野メリヤス事件・東京地判昭51.10.29)。ただし、円満退職を優先するなら就業規則の期間に合わせるのが望ましい。合意が得られない場合は、内容証明郵便で退職届を送付すれば2週間で退職が成立する。
Q2. 傷病手当金の支給額はいくらですか?
支給開始日以前12ヶ月間の標準報酬月額の平均額を30で割った額(標準報酬日額)の3分の2が、1日あたりの支給額だ。概算では月給の約3分の2と考えてよい。例えば標準報酬月額30万円の場合、1日あたり約6,667円、月額で約20万円となる。支給期間は同一傷病について通算1年6ヶ月が上限だ。
Q3. 退職後に傷病手当金を受給しながら失業保険(基本手当)も受け取れますか?
原則として併給はできない。傷病手当金は「労務不能」が前提であり、失業保険は「働く意思と能力がある」が前提だ。両立しない。ただし、傷病手当金の受給期間が終了した後に失業保険を受給することは可能だ。その場合、受給期間の延長手続きを退職後30日経過後の1ヶ月以内にハローワークで行う必要がある。この手続きを忘れると失業保険の受給資格自体を失うため、退職直後に必ず済ませること。
Q4. 休職中に退職したら退職金は減額されますか?
退職金の減額は会社の退職金規程による。休職期間を勤続年数に算入しない規定がある会社は多い。退職届を出す前に退職金規程を確認・保全しておくこと。行政指導の対象になります——と言いたいところだが、退職金は法律上の支給義務ではなく、就業規則や労働協約で定めがある場合にのみ請求権が生じる。だからこそ規程の事前確認が重要だ。
Q5. 主治医に「復職可能」と診断された場合、傷病手当金はどうなりますか?
主治医が労務可能と判断した時点で、傷病手当金の支給は停止する。退職後の継続給付の場合、一度労務可能と判断されると、その後に同じ傷病で再び労務不能になっても再受給はできない。これは在職中のルール(再度労務不能になれば再支給される)と異なる重要な点だ。復職のタイミングについては主治医と十分に相談すること。
まとめ
休職中からそのまま退職すること自体は、法的に何の障害もない。問題は傷病手当金の継続給付を確保できるかどうかだ。健康保険法第104条の4条件——被保険者期間1年以上・退職日に受給中・退職日に出勤しない・退職後も労務不能継続——を1つも欠かさないこと。特に「退職日に出勤しない」は最も見落とされる条件であり、挨拶回りや荷物取りのつもりで出社しただけで受給権を失う。
手順としては、①傷病手当金の申請状況確認→②内容証明郵便での退職届送付→③退職日の最適化設計、の3ステップを順に踏めばよい。法的根拠を正しく理解し、手順どおりに動けば、休職中の退職は何も難しくない。
参考文献
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)「病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)」——退職後の継続給付要件・退職日出勤時の不支給を明記
- 健康保険法第104条(資格喪失後の傷病手当金の継続給付)——被保険者期間1年以上・資格喪失時に受給中または受給要件充足が条件
- 東京都がんポータルサイト「資格喪失後の傷病手当金の詳細」(令和6年3月時点)——4要件の詳細解説・任意継続被保険者期間の除外を明記
- 民法第627条(雇用の解約の申入れ)——期間の定めのない雇用契約はいつでも解約申入れ可能、2週間で終了






