退職前に「いくらもらえるか」を計算しない人は数十万円損をする

毎年10月になると「退職を考えているが、失業保険でいくら生活できるか計算できない」という相談が集中する。退職日だけ決めて、受給額のシミュレーションを後回しにしているパターンだ。

監督官時代に見たのは、退職後にハローワークで初めて計算して、想定より数十万円少ない受給額に慌てる人たちだった。特に深刻なのは、長時間残業が原因で退職したにもかかわらず「自己都合退職」として処理され、給付日数が最大3倍以上少なくなっていたケースだ。

雇用保険法第13条によると、基本手当(いわゆる「失業保険」)の受給資格は、離職前2年間に被保険者期間が12ヶ月以上(特定受給資格者・特定理由離職者は6ヶ月以上)あることが要件だ。この要件を満たした上で、受給総額は「基本手当日額 × 給付日数」で決まる。計算式は単純だが、「自分の区分」を正しく把握していないと、給付日数だけで90日と330日の差が生じる。

この記事では、退職を具体的に考えている人が退職前にシミュレーションを完了できるよう、3ステップで解説する。

失業保険の受給額は「3区分」で決まる

計算を始める前に、自分がどの「離職区分」に該当するかを確認する必要がある。区分によって給付日数と給付制限の有無が根本的に変わるからだ。

区分①:特定受給資格者(会社都合退職等)

解雇・倒産・退職勧奨・長時間残業(月100時間超など)・ハラスメント・労働条件相違など、会社側に帰責事由がある退職が該当する。給付日数が最も多く、給付制限もない。認定条件の詳細は厚生労働省告示「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲と判断基準」(2025年7月版)に定められている。

区分②:特定理由離職者

傷病・妊娠・育児・介護・配偶者の転勤による転居・通勤困難など、やむを得ない正当な理由による離職が該当する。給付制限はないが、区分によって給付日数が異なる(一部は特定受給資格者と同じ日数が適用される)。

区分③:一般の自己都合退職

上記のいずれにも当たらない退職。2025年4月の雇用保険法改正後、給付制限は原則1ヶ月(ただし過去5年以内に3回以上自己都合退職がある場合は3ヶ月)。給付日数は3区分の中で最も少ない。

退職届に「一身上の都合」と書いても自動的に区分③になるわけではない

退職届の文言とハローワークの離職区分判定は法的に独立している。月100時間超の残業が続いていたなら、退職届に一身上の都合と書いていても証拠を持参してハローワークに申告することで特定受給資格者に区分変更できる余地がある。離職票-2の「具体的事情記載欄」の記載内容と証拠の有無が判定を左右する。

STEP 1:賃金日額を計算する

基本手当の計算の起点は「賃金日額」だ。計算式は次の通りだ。

賃金日額 = 離職前6ヶ月間の賃金合計(賞与除く) ÷ 180

「賃金合計」には、賞与・臨時手当は含まない。毎月支払われる基本給・通勤手当・残業代・住宅手当などが対象だ。残業代が多い月は賃金日額が上がる一方、残業がない月が続いた場合は低くなる点に注意が必要だ。

計算例

  • 月給30万円:300,000円 × 6ヶ月 ÷ 180 = 賃金日額 10,000円
  • 月給40万円:400,000円 × 6ヶ月 ÷ 180 = 賃金日額 約13,333円
  • 月給50万円:500,000円 × 6ヶ月 ÷ 180 = 賃金日額 約16,667円

STEP 2:基本手当日額を計算する

基本手当日額は「賃金日額 × 給付率」で計算する。給付率は50%〜80%の範囲で、賃金が低いほど給付率が高くなる仕組みだ(生活保障の観点から設計されている)。

月給の目安 賃金日額の目安 給付率の目安
〜15万円 〜5,000円 約80%
15〜21万円 5,000〜7,000円 約70〜80%
21〜30万円 7,000〜10,000円 約60〜70%
30〜40万円 10,000〜13,333円 約55〜60%
40万円以上 13,333円以上 約50%(上限あり)

なお、基本手当日額には年齢別の上限額が定められている(2026年8月1日改定)。月給が高くても、この上限が適用されるため受給日額は青天井にはならない。

年齢 基本手当日額の上限(2026年8月改定)
29歳以下 7,450円
30〜44歳 8,270円
45〜59歳 9,110円
60〜64歳 7,830円

下限額は2,562円(2026年8月時点)。月給が高い人は上限に張り付く形になる。

STEP 3:給付日数を確認する

自己都合退職(区分③)の給付日数

自己都合退職は年齢に関わらず、被保険者期間のみで決まる。

被保険者期間 給付日数
1年以上5年未満 90日
5年以上10年未満 90日
10年以上20年未満 120日
20年以上 150日

特定受給資格者・特定理由離職者(一部)の給付日数

こちらは年齢と被保険者期間の両方で決まる。自己都合退職との差が最も大きく開くのは45〜59歳・20年以上で、最大330日(自己都合150日の2.2倍)になる。

年齢 \ 被保険者期間 1年未満 1〜5年 5〜10年 10〜20年 20年以上
30歳未満 90日 90日 120日 180日 —
30〜34歳 90日 120日 180日 210日 240日
35〜44歳 90日 150日 180日 240日 270日
45〜59歳 90日 180日 240日 270日 330日
60〜64歳 90日 150日 180日 210日 240日

月給別シミュレーション:自己都合 vs 特定受給資格者の差額

3つのケースで具体的な受給額を比較する。

ケース①:月給30万円・32歳・勤続3年

自己都合退職 特定受給資格者
賃金日額 10,000円 10,000円
基本手当日額(約60%) 約6,000円 約6,000円
給付日数 90日 120日(30〜34歳・1〜5年)
総受給額 54万円 72万円
給付制限 原則1ヶ月 なし

差額:18万円 + 約30日分の早期受給開始

ケース②:月給40万円・42歳・勤続12年

自己都合退職 特定受給資格者
賃金日額 約13,333円 約13,333円
基本手当日額(約55%) 約7,333円 約7,333円
給付日数 120日(10〜20年) 240日(35〜44歳・10〜20年)
総受給額 約88万円 約176万円

差額:約88万円 同じ月給・同じ勤続年数でも、離職区分が変わるだけで総受給額が2倍になる。

ケース③:月給50万円・52歳・勤続22年

自己都合退職 特定受給資格者
基本手当日額(45〜59歳・上限) 9,110円 9,110円
給付日数 150日 330日(45〜59歳・20年以上)
総受給額 約137万円 約301万円

差額:約164万円 20年以上勤めた45〜59歳の特定受給資格者は、最大330日・約301万円の受給が可能だ。この数字を退職前に把握していれば、区分変更申し立てのための証拠保全の優先度に対する判断が変わるはずだ。

「退職届に一身上の都合と書いた」後でも区分変更できる5つのケース

社労士として独立した後も、毎月のように「月95時間残業して辞めたのに自己都合扱いになった」という相談を受ける。退職届の文言ではなく、実態と証拠でハローワークは区分を判定する。次の条件のいずれかを満たせば区分変更の申し立てが可能だ。

  1. 長時間残業:離職直前の(a)1ヶ月で時間外100時間超、(b)連続3ヶ月で各月45時間超、(c)連続2ヶ月以上で月平均80時間超のいずれか1つ
  2. ハラスメント:パワハラ・セクハラ等の事実が確認できる証拠(録音・メール・日誌)がある
  3. 賃金未払い:賃金の3分の1超が直近2ヶ月以上継続して未払い、または直近6ヶ月に3ヶ月以上未払い
  4. 退職勧奨:会社から退職を求められた事実が証拠化できる
  5. 労働条件の相違:採用時の労働条件通知書と実際の労働条件が著しく異なる

手順は①証拠保全(タイムカード・給与明細・録音等)→②離職票-2の「具体的事情記載欄」に実態を記載→③証拠を持参してハローワークに申告、だ。申告が認められなかった場合は雇用保険法第69条に基づく審査請求(処分を知った日の翌日から3ヶ月以内)も選択肢になる。

証拠保全は退職を申し出る前にしか完全には実行できない。タイムカードへのアクセス制限が退職告知後に起きることがある。離職票を受け取る前に証拠を確保しておくことが、区分変更申し立ての成否を決定的に左右する。

2025年4月改正の正確な影響

SNSで「2025年4月から給付制限が1ヶ月になった」という情報が広まっている。基本的に正しいが、2つの例外を把握しておかないと判断を誤る。

例外①:5年以内3回以上の自己都合退職は3ヶ月のまま

雇用保険法第33条の改正により、過去5年以内に3回以上自己都合退職をした記録がある場合は給付制限が3ヶ月に据え置かれる。転職を繰り返してきた人は自分の状況を確認する必要がある。

例外②:教育訓練受講で給付制限ゼロが適用できる

離職日前1年以内に厚生労働大臣指定の教育訓練を受講開始していれば、自己都合退職でも給付制限がゼロになる。在職中に資格取得や職業訓練を受けた人はこの特例が適用できる可能性がある。

「入社半年では受給資格がない」は一般ルールに過ぎない

雇用保険法第13条第3項によると、特定受給資格者・特定理由離職者は離職前1年間に被保険者期間6ヶ月以上で受給資格が認められる。一般の自己都合退職の「2年間で12ヶ月」より短い要件だ。

また、前職退職後1年以内の再就職であれば前職の被保険者期間を通算できる(雇用保険法施行規則第18条)。4月入社で半年後の10月に限界を迎えた場合でも、この2つの特例を知っているかどうかで受給可否が変わる。

FAQ

Q. 失業保険の計算に使う「賃金」に残業代は含まれる?

含まれる。毎月定期的に支払われる賃金(基本給・通勤手当・時間外手当・住宅手当等)が対象だ。ただし賞与・臨時手当・退職金は含まない。残業代が多かった月を含む直近6ヶ月が対象になるため、残業の多い職種は賃金日額が高くなる傾向がある。

Q. 受給期間中にアルバイトしたら受給が止まる?

アルバイトは必ず認定日に申告する義務がある。申告の上で週20時間未満・一定金額以下であれば給付調整の形で継続受給が可能だ。未申告はマイナンバー経由で発覚し、不正受給として受給額の3倍返しが求められる(雇用保険法第10条の4)。

Q. ハローワークで区分変更を申し立てたが認められなかった場合は?

雇用保険法第69条に基づき、処分を知った日の翌日から3ヶ月以内に都道府県労働局の雇用保険審査官に審査請求ができる。さらに認められなければ労働保険審査会への再審査請求(2ヶ月以内)も選択肢だ。証拠の質と量が成否を左右するため、申し立て前に社労士・弁護士への相談を勧める。

Q. 早期に就職が決まったら残りの給付はどうなる?

所定給付日数の3分の1以上残っている状態で就職した場合、再就職手当として残日数の60%〜70%相当額が一括支給される(雇用保険法第56条の3)。3分の2以上残っていれば70%コースだ。失業保険をすべて使い切ってから就職するより、早期就職で再就職手当を受け取る方が総受取額が高くなるケースも多い。

Q. 離職票が届かないと申請できない?

離職票が届かない場合でも、ハローワークに「求職申込み」だけ先に行うことで受給期間のロスを防げる。雇用保険法施行規則第7条が定める10日以内の提出義務に違反して発行を怠る会社に対しては、行政指導の対象になります——条文番号を明記した書面でハローワークへの催促依頼を申し出ることで、大半のケースで速やかに対応が進む。

参考文献

  • 厚生労働省「雇用保険事務手続きの手引き」(2026年4月版)第3章「基本手当の受給資格」
  • 厚生労働省告示「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲と判断基準」(2025年7月改訂)
  • 雇用保険法第13条(受給資格)・第20条(基本手当日額)・第22条(所定給付日数)・第33条(給付制限)・第56条の3(再就職手当)・第69条(審査請求)
  • 雇用保険法施行規則第18条(被保険者期間の通算)・第7条(離職証明書の提出期限)
  • 厚生労働省「令和8年8月1日からの雇用保険の基本手当日額の変更について」(2026年7月)