入社して1〜2ヶ月。「聞いていた仕事内容と違う」「このまま続けるのは無理だ」と感じ始めても、試用期間中は「本採用前だから、会社の機嫌を損ねると辞めさせてもらえないのでは」「逆に、今日限りで辞めても構わないのでは」と、どちらにも考えが振れやすい時期です。結論から言うと、試用期間中でも退職のルールは通常の社員と同じです。ただし、条件がそろえば2週間を待たずに辞められる場面もあります。
この記事では、法的根拠を条文ごとに確認しながら、①原則の退職ルール、②即時に辞められる条件、③手順と履歴書の扱いを整理します。
結論:試用期間は「お試し」ではなく、すでに成立した労働契約
最高裁は三菱樹脂事件(最大判昭和48年12月12日)で、試用期間中の契約を「解約権留保付労働契約」と位置づけました。つまり、会社側に「本採用しない」という解約権が留保されているだけで、労働契約そのものは入社日から成立しています。
この前提から、次のことが言えます。
- 労働者は、本採用前でも労働契約の当事者であり、退職のルールが適用される
- 「試用期間中だから理由なく辞められる」わけでも、「試用期間中だから辞めさせてもらえない」わけでもない
- 会社が試用期間中に雇用を打ち切る場合も、自由ではない(後述)
原則:期間の定めがなければ、申入れから2週間で退職できる
民法第627条第1項によると、期間の定めのない雇用契約は、各当事者がいつでも解約の申入れをすることができ、申入れから2週間を経過すると契約が終了します。正社員として入社した人の多くはこの類型で、試用期間中であっても同じです。
ポイントは次の3つです。
- 会社の承諾は要件ではない:退職は労働者からの一方的な意思表示(解約の申入れ)です。「受理しない」「承認しない」と言われても、2週間後に契約は終了します。
- 就業規則の「1ヶ月前までに申し出ること」:就業規則に長い予告期間が書かれていても、民法の2週間と食い違う場合の扱いは争いのあるところです。実務では、円満に辞めたいなら就業規則の期間を尊重しつつ、最終的には2週間が法的な下限と考えて動くのが現実的です。
- 有期契約の場合は別ルール:試用期間を「3ヶ月の有期契約」として別に結んでいる場合は、民法第628条により、やむを得ない事由がなければ期間途中で解除できません。契約書の「契約期間」欄を最初に確認してください。
私が労基署にいた頃も、「試用期間だから2週間も待たずに今日辞めたい」という相談は一定数ありました。その際にまず確認したのは、感情ではなく、契約書に期間の定めがあるかどうかでした。
即日退職が認められる3つの条件
「2週間待たずに辞めたい」場合に、法的に筋が立つ主な経路は3つです。
条件1:労働条件が事実と相違していた(労働基準法第15条第2項)
労働基準法第15条第2項によると、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除できます。同条第3項により、就業のために住居を変更した労働者が契約解除後14日以内に帰郷する場合、使用者は必要な旅費を負担しなければなりません。
該当しうる例は、求人票や労働条件通知書と比べて、次のような食い違いがあるケースです。
- 賃金(基本給・固定残業代の有無と時間数)が違う
- 勤務地や職種が、書面と明らかに異なる
- 労働時間・休日が書面どおりに運用されていない
注意すべきは、「少し違う」程度では足りない可能性があることです。相違の内容と程度は個別に判断されます。証拠として、求人票(スクリーンショット)、労働条件通知書、雇用契約書、実際の給与明細を残してください。
条件2:やむを得ない事由がある(民法第628条の趣旨)
有期契約の場合の即時解除の根拠は民法第628条です。やむを得ない事由とは、重大なハラスメント、安全配慮義務違反、賃金不払いなどが典型です。期間の定めのない契約でも、これらがある場合は、2週間を待たず合意退職を求めるか、後述の方法で欠勤扱いにならない形に整えるのが現実的です。
条件3:会社との合意(合意退職)
最もトラブルが少ない即日退職は、会社の同意を得て退職日を前倒しするケースです。「2週間は待てないが、有給の消化や欠勤の扱いは相談したい」と書面(メールでも可)で提案し、合意内容を文面に残してください。口頭だけで済ませないことが、後の賃金精算でも重要になります。
なお、有給休暇は、労働基準法第39条により入社6ヶ月経過後に初めて10日が発生します。入社1〜2ヶ月の時期は原則として有給がないため、「2週間を有給で埋める」ことはできません。この間は出勤するか、会社と欠勤・退職日の取り扱いを合意する必要があります。
見落とされやすい論点:試用期間中の「会社からの解雇」にも制限がある
退職を考えるうちに、先に会社から「本採用しない」と告げられる場面もあります。このとき、次の点を知っておくと慌てずに済みます。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 解約権行使の基準 | 三菱樹脂事件の判断枠組みでは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる場合に限られる。通常の解雇より広く認められうるが、無制限ではない |
| 解雇予告の適用除外 | 労働基準法第21条は、試みの使用期間中の者を解雇予告の適用除外としているが、対象は雇入れから14日以内のみ。14日を超えて働いた場合は、30日前の予告または解雇予告手当(30日分以上の平均賃金)が必要(第20条) |
| 理由の証明 | 労働基準法第22条により、退職時や解雇予告後には、請求すれば退職証明書や解雇理由証明書の交付を受けられる |
14日以内であれば解雇予告が不要という点は、「理由なく自由に切れる」という意味ではありません。解雇予告が要らなくなるだけで、解雇の合理性は別途問われます。
試用期間中に辞めるときの手順(4ステップ)
- 契約書で期間の定めを確認する:雇用契約書・労働条件通知書で、契約期間が「期間の定めなし」か「有期」かを見る。
- 退職の意思を書面で通知する:退職届(退職日を明記)をメールや書面で提出する。受け取りを拒まれたときは、内容証明郵便の利用も選択肢になる。
- 退職日までの勤務と精算を確認する:最終給与の支払日、社会保険の資格喪失日、貸与物の返却を確認する。
- 書類を受け取る:離職票(必要な場合)、源泉徴収票、雇用保険被保険者証、年金手帳等関連書類を請求する。
手続きの中で、社会保険の資格取得届が出ていたかも確認してください。入社時に加入しているはずの健康保険・厚生年金・雇用保険が未加入のままだった場合は、それ自体が行政指導の対象になります。労基署や年金事務所、ハローワークへの相談材料になります。
履歴書・職務経歴書に短期離職をどう書くか
入社1〜2ヶ月での退職は、職歴に載せるかどうかで悩む人が多いテーマです。法律上の整理は次のとおりです。
- 書かない選択のリスク:在籍した事実を隠すと、後日、経歴詐称として問題になる可能性がある。雇用保険や社会保険の履歴は、手続きの中で前職の存在が判明する経路がある。
- 書き方:「在籍期間・会社名・退職理由(一身上の都合、または労働条件の相違)」を簡潔に記載する。批判的な表現は避け、事実だけを書く。
- 面接での説明:「何が合わなかったか」「次の職場では何を確認したか」を、事実と学びで説明する。
退職理由が「労働条件の相違」であるなら、ハローワークの区分として特定受給資格者(雇用保険法第23条)に認められる可能性があります。ただし、被保険者期間の要件(会社都合・特定受給資格者の場合は離職前1年間に通算6ヶ月以上)は短期離職では満たさないことが多く、実際の受給可否は個別に確認が必要です。雇用保険の区分判定は、退職届の文言ではなく実態で行われる点は覚えておいてください。
やってはいけない3つの行動
- 無断欠勤・音信不通:退職の意思表示が曖昧になり、懲戒や損害賠償の話に発展する余地を作ってしまう。意思表示は必ず書面で残す。
- 口頭だけの合意:退職日や最終給与の取り扱いが後で食い違う。
- 会社の「違約金」「研修費用の返還」の要求に即答する:労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金を定めたり損害賠償額を予定したりすることを禁止しています。請求書面を受け取ったら、支払う前に労基署や弁護士に確認してください。
朝5時に判例と通達を読むのが日課の私が見てきた限り、短期離職の相談で最も多い失敗は、「辞める権利」を知らないまま我慢を続け、体調を崩してから動くことでした。条文を知るだけで、取れる選択肢は増えます。
よくある質問
Q1. 試用期間中なら、辞める当日に伝えても辞められますか?
原則として、会社の同意がない限り、申入れから2週間は雇用契約が続きます(民法第627条第1項)。ただし、労働条件が事実と相違する場合(労基法第15条第2項)や、重大なハラスメントなどやむを得ない事由がある場合は、即時の解除が認められる余地があります。
Q2. 試用期間中に退職届を出したら、会社から損害賠償を請求されますか?
退職自体は労働者の権利なので、退職したことだけで損害賠償が認められる可能性は高くありません。労働基準法第16条により、違約金や損害賠償額をあらかじめ定めることは禁止されています。ただし、無断欠勤や重大な引き継ぎ放棄など、個別の事情で争いになる余地はゼロではないため、書面での手続きを推奨します。
Q3. 試用期間中の退職は、履歴書に書かないとバレますか?
雇用保険や社会保険の加入履歴などから、前職の存在が判明する経路はあります。意図的に隠した場合は、経歴詐称として問題になる可能性があります。事実を短く記載し、面接で説明する準備をするほうが安全です。
Q4. 試用期間中に会社から「本採用しない」と言われたら?
解約権の行使には、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です(三菱樹脂事件)。14日を超えて働いている場合、解雇予告または予告手当が必要です(労基法第20条、第21条)。理由は解雇理由証明書(第22条)で書面に出させ、納得できなければ総合労働相談コーナーや労基署に相談してください。
Q5. 入社1ヶ月で辞めた場合、給料はもらえますか?
働いた分の賃金は、労働基準法第24条の賃金全額払いの原則により支払われます。退職を理由に支払いを拒否したり、研修費などを一方的に差し引いたりすることは認められません。給与明細と勤怠記録は退職前に手元に残してください。
まとめ
- 試用期間中でも労働契約は成立しており、期間の定めがなければ申入れから2週間で退職できる(民法第627条第1項)
- 即時退職が認められうるのは、労働条件の相違(労基法第15条第2項)、やむを得ない事由、会社との合意のいずれか
- 退職意思は書面で残し、賃金・書類・社会保険の精算を確認する
- 履歴書は事実を短く書き、面接では学びで語る
個別の事情で判断が分かれる論点が多いため、実際に動く前に、契約書・求人票・給与明細を手元にそろえたうえで、総合労働相談コーナーなどの公的窓口にも確認することをお勧めします。






