「評価面談で昇給したいって伝えたのに、また今年も通らなかった」
退職面談でこの言葉を聞くのは、毎年一定数ある。聞き続けて20年、共通する構造がある。
昇給が通らない人の大半は、言い方の問題ではない。評価会議という構造を知らないまま、上司という「入口」だけに向けて交渉している。それが本質的な原因だ。
人事部の評価会議では、上司が「この人を昇給させたい」と思っていても、会議の中で言語化できなければ何も動かない。評価会議は上司1人が決める場ではなく、部長・人事・役員が参加する合議体だからだ。
この記事では、20年間評価会議の運営に携わった人事の内側から、昇給が通らない3つの構造と、通る人がやっている交渉設計を解説する。
昇給が通らない3つの構造
第1の構造:「成果を語っている」が評価会議で使える言語で語れていない
評価面談で「今年は〇〇を頑張りました」「△△プロジェクトを担当しました」と話す人は多い。だが、これは業務内容の報告であって、成果の提示ではない。
人事部の評価会議では、上司が「この人を昇給させたい」と言うときに、他の管理職に向けてその根拠を説明できなければ提案として機能しない。評価会議の参加者の多くは、該当社員と直接関わっていない。だから上司は「課題→行動→数字」の3点セットで語れる材料を必要としている。
たとえば「プロジェクトを担当しました」は評価会議では処理できない情報だが、「コスト削減の課題に対し、発注先の見直しを主導し、年間280万円の固定費を圧縮しました」という形なら、会議の場で使える言語になる。
昇給交渉が通る人は、上司が評価会議で使える素材を事前に渡している。面談の前に自分の成果を課題・行動・数字の3点で整理し、上司がそれを評価会議に持ち込める形を作る。これが第一歩だ。
上司が「今年も頑張ってくれていることはわかる」と言ってくれているのに昇給が通らないケースの多くは、上司が動こうとしているが評価会議で使える言語を持てていないことが原因だ。
チェック:自分の今年の成果を「課題→行動→数字」の3点で今すぐ言えるか。言えなければ、上司も評価会議で言えない。
第2の構造:「上司を動かす」ことに全力を注いで「評価会議の決定構造」を意識していない
昇給を伝えた上司が「検討してみる」「伝えておく」と言ったとき、多くの人は「上司が動いてくれている」と思って待つ。だが「検討する」は「評価会議に持ち込む根拠が欲しい」というサインであることが多い。
昇給の最終決定権は評価会議にある。上司は評価会議の「推薦者」であって「決裁者」ではない。評価会議には複数の管理職・人事・役員が参加しており、上司が「この人を昇給させたい」と言っても、他の参加者に根拠なく承認されることはほぼない。
採用側の論理で言うと、これは採用の最終面接と同じ構造だ。一次面接で好評価を受けた候補者でも、最終面接では「この人を採る理由」がなければ見送りになる。昇給も同じで、上司の意向があっても、評価会議の合議体を動かす根拠がなければ決定には至らない。
昇給交渉が通る人は、上司に「評価会議でどう言えばいいか」という素材まで渡している。「○○の課題に対してこういう成果を出しました。現在の仕事量と難度から、等級の見直しをお願いしたいと思っています。評価会議でそのようにお伝えいただけますか」という形だ。
チェック:上司に「よろしくお願いします」と伝えただけで終わっていないか。上司が評価会議で使える素材を一緒に作ったか。
第3の構造:「昇給してほしい」というお願いで持ち込んでいて「等級判断の根拠」がない
昇給は感情では動かない。評価会議では、昇給の判断が「等級×給与レンジ」の構造で行われている。現在の等級に対してレンジの上限に達している場合は、等級を上げなければ昇給の余地がない。逆に、等級を上げる根拠があれば昇給は自動的に動く。
だから「昇給してほしい」ではなく「等級を見直してほしい」という要求の形が正しい。等級見直しの根拠として必要なのは、今のポジションの業務範囲を超えた仕事をしているという事実と、その成果の数字だ。
評価会議で等級の見直しが議論されるとき、人事担当者は「このポジションの等級定義と、本人の実績が一致しているか」を確認する。「頑張った」「長く働いている」「周りよりやっている」は等級判断の基準にならない。
20年間の評価会議運営で変わっていないことがある。昇給交渉が通る人は「私の今の仕事の難度と成果は、上位等級の定義と一致しています」という論理で持ち込んでいる。これは要求ではなく、等級判断への情報提供だ。評価会議はその情報を待っている。
チェック:自分の要求が「昇給してほしい(お願い)」か「等級を見直す根拠がある(情報提供)」か。後者の形で持ち込めているか。
昇給交渉を成功させる自己点検3ステップ
Step 1:成果を「課題→行動→数字」の3点で書き出す
今期の成果を3点セットで1〜3件書き出す。数字が出ない場合は「〇〇時間を〇〇時間に削減」「〇〇件の問い合わせ対応を1人でこなした」など具体的な業務量でも構わない。上司が評価会議で使える言語に変換することが目的だ。
Step 2:「等級定義」と自分の仕事の範囲を比較する
会社の評価制度で、現在の等級と上位等級の職務定義を確認する。人事規程や等級表が手元になければ、上司に「等級の定義を確認させてください」と聞くことが第一歩だ。自分の仕事が上位等級の定義に近いなら、それが交渉の根拠になる。
Step 3:評価面談の前に「事前の場」を作る
正式な評価面談の1〜2週間前に「今期の振り返りをご共有したい」と上司に時間をとってもらう。ここで成果の3点セットと等級の見直し希望を伝え、上司が評価会議に持ち込む準備期間を作る。正式な面談の場では上司がすでに動いている状態を作ることが目標だ。
退職面談で聞いてきた「後悔」のパターン
退職面談で本当に言われるのは「もっと早く昇給の話をすればよかった」ではない。「昇給が通らないから転職する、と上司に言ったら初めて話が動いた」という言葉だ。
これは構造の問題だ。評価会議に「転職検討中」という情報が入ると、上司は「引き止めのために動く」という別の動機を持てる。だが本来は、転職を考える前に「等級の根拠を持って評価会議に素材を渡す」というプロセスで動くべきだった。
Job総研の2025年の調査では、69.6%の社会人が人事評価に不満を持ち、そのうち6割強が「昇格昇給を待つより転職を選択する」と回答している。昇給交渉が通らないことが転職の引き金になるパターンは、統計的にも多数派だ。
Job総研の2026年賃上げ調査でも、65.1%が賃金に不満を持ち「昇給額・昇給機会の少なさ」が主な理由として挙がっている。だがその多くは、昇給が通らない「交渉の設計」の問題であり、会社の問題だけではない。
評価会議の構造を知り、上司が動けるための素材を作ること。それが転職を考え始める前にできる、最も効果的な昇給戦略だ。
よくある質問
評価面談で昇給を伝えるのはいつのタイミングが正しいですか?
正式な評価面談の1〜2週間前が理想だ。評価会議の開催日は通常、評価面談の2〜4週間後に設定されている。正式な面談の場で初めて伝えると、上司が評価会議に素材を持ち込む準備時間が取れない。事前に非公式の場で成果と希望を伝え、上司が評価会議で動ける準備期間を作ることが重要だ。
数字で語れる成果がない場合は昇給交渉できませんか?
数字がなくても「課題→行動→変化」の3点で書けば機能する。「属人化していた〇〇業務の手順書を作成し、後任への引き継ぎを実現した」「月20件だった問い合わせ対応を1人で対応し、チームの工数を削減した」という形なら評価会議で使える言語になる。数字そのものではなく、成果の構造が重要だ。
上司に「今は難しい」と言われました。次にどう動けばいいですか?
「今は難しい」の中身を聞くことが次のステップだ。「等級の根拠が足りない」「評価会議のタイミングではない」「上司自身が根拠を持てていない」の3パターンがある。「どのような成果・根拠があれば評価会議に持ち込んでいただけますか」と聞くことで、次の評価サイクルに向けた具体的な行動が明確になる。これを聞かずに終わらせると、翌年も同じ結果になる。
昇給交渉を強く伝えると印象が悪くなりませんか?
「お願い」ではなく「情報提供」として設計すれば印象は悪くならない。「昇給してください」は要求だが、「今期の成果をご共有したいのと、等級の定義と照らし合わせてどう評価いただけるか確認したい」は情報提供だ。評価会議では等級判断のための情報を必要としている。その情報を適切な形で提供することは、評価の透明性を高める行為だ。
参考文献
- Job総研『2025年 人事評価の実態調査』パーソルキャリア株式会社、2025年9月
- Job総研『2026年 賃上げの意識調査』パーソルキャリア株式会社、2026年3月
- 識学『人事評価への不満に関する調査』(評価基準不明確さ48.3%)
- マイナビ『転職動向調査2026年版(2025年実績)』株式会社マイナビ






