「ずっと同じ会社にいたので、専門性と呼べるものがありません」。採用面接の場でも、退職面談でも、この言葉を何度も聞いてきました。人事部で20年、採用面接で1500名以上と向き合ってきた立場から言うと、この言葉を口にする人の多くは、実際には異業種でも通用する力を持っています。通らない原因はスキルの有無ではなく、書き方にあります。

この記事では、ポータブルスキルという考え方を整理したうえで、職務経歴書で採用側に伝わる形に直す3つの書き方を解説します。

ポータブルスキルとは何か|公的な位置づけを確認する

ポータブルスキルとは、業種や職種が変わっても持ち運びできる職務遂行上の力のことです。厚生労働省は2022年3月から「ポータブルスキル見える化ツール」を提供しています。ホワイトカラー職種のミドルシニア層が、自分のポータブルスキルを測定し、活かせる職務や職位の例を確認するためのツールで、入力は15分程度とされています。

この概念自体は、一般社団法人人材サービス産業協議会(JHR)が開発したものを土台にしています。ツールでは「仕事のし方(対課題)」と「人との関わり方(対人)」という2つの観点で整理されます。なお、構成要素の数え方は解説によって異なるため、正確な項目は厚労省の資料で確認してください。

ここで押さえたいのは、ポータブルスキルは「資格」や「肩書き」とは別の軸だという点です。診断ツールは自己理解の入口になりますが、結果をそのまま職務経歴書に貼っても評価にはなりません。評価が決まるのは、その先の言語化です。

なぜ「専門性がない」と感じる人の書類が通らないのか

採用側の論理で言うと、書類選考で見ているのは「この人が入社後、うちの現場で同じ成果を再現できそうか」の一点です。再現性が読み取れない書類は、能力の高低以前に判断材料が足りないと見なされます。

通らない書類には、次の3つの型が目立ちます。

型書類の特徴採用側の受け取り方
社内用語型部署名、社内システム名、独自の略語が並ぶ何をした人か分からない
担当業務列挙型「営業事務、請求書発行、電話対応」と業務名だけ経験年数は分かるが成果が見えない
謙遜型「サポート的な役割でした」と控えめに書く主体性が低い人と読まれる

人事部の評価会議では、書類の段階で「この言葉は他社の人にも通じるか」を実際に確認します。通じない言葉が多い書類は、内容を確認する前に優先度が下がります。つまり専門性の不足ではなく、翻訳の不足で落ちているのです。

書き方①:業務名ではなく「課題の種類」で書く

ポータブルスキルは、業務名ではなく「どんな課題を解いたか」に宿ります。たとえば「請求書発行を担当」ではなく、次のように書き換えます。

  • 変更前:月次の請求書発行と入金確認を担当
  • 変更後:月200件の請求と入金確認で、記載漏れによる差し戻しが多発していたため、確認手順を整理して差し戻し件数を削減

後者には「問題を見つける」「手順を設計する」「改善を継続する」という、業界を問わない力が含まれています。課題の種類で書くと、読み手は自社の業務に重ねて想像できます。数字は正確に分かる範囲だけで構いません。盛った数字は面接で必ず深掘りされ、整合が取れなくなります。

書き方②:「自分一人」でなく「巻き込んだ相手」を書く

対人面のポータブルスキルは、成果の裏にいる関係者を書くと伝わります。退職面談で本当に言われるのは「自分の仕事は地味で、誰にでもできる」という言葉ですが、よく聞くと、他部署との調整や後輩への指導を日常的に担っている人が少なくありません。

書くときは次の3点を意識してください。

  1. 誰を巻き込んだか(他部署、取引先、後輩など)
  2. 相手の利害が食い違っていたか、どう調整したか
  3. その結果、何が変わったか

「関係部署3つの優先順位が衝突していたため、締切の前倒しと分割納品を提案して合意を得た」といった一文は、調整力を直接示します。「調整力があります」と抽象語で書くより、場面を一つ書くほうが信頼されます。

書き方③:「再現条件」を一行添える

3つ目が、実はいちばん評価に効きます。成果を書いたあとに「同じ状況なら、新しい職場でもこう動く」という再現条件を添えることです。

例:「前提情報が不足した状態でも、まず関係者に現状を確認し、優先順位を整理してから着手する進め方を取っています。」

採用側は過去の成果そのものより、その成果を生んだ進め方が次の職場でも使えるかを知りたいのです。再現条件は、職務要約か自己PR欄の末尾に一行あれば十分です。

採用面接1500名を見てきて感じた合格者の共通点は、事業の文脈で自分を語れることでした。自分の行動を、相手の事業課題の言葉に置き換えられる人は、異業種でも評価されます。

今夜できる棚卸し:30分の手順

私は朝6時に起きてヨガをしてから机に向かいますが、頭の整理は動かさずに静かに座る時間のほうが進みます。棚卸しも同じで、まず手を止めて書き出すところから始めます。

  1. 直近3年で「自分が動かなければ止まっていた」場面を5つ書く(10分)
  2. それぞれに「課題の種類」「巻き込んだ相手」「結果」を一行ずつ添える(15分)
  3. 社内用語を、他社の人に通じる言葉に置き換える(5分)

厚労省のツールを併用すれば、自分では気づきにくい強みの傾向を客観的に確認できます。ただし結果は参考情報です。最終的に職務経歴書に載せるのは、あなた自身の具体的な場面です。

やってはいけない書き方

  • 「コミュニケーション能力」「主体性」だけを並べる:根拠がなく、どの書類にも書かれているため差がつきません。
  • 診断結果の用語をそのまま貼る:場面の裏付けがないと、面接で説明できません。
  • 経験していない業務を匂わせる:面接の深掘りで露見し、評価全体が下がります。

退職を美化するつもりはありません。専門性がないと感じる状態のまま動くと、応募先の選定も書類も弱くなるのは事実です。ただ、それは能力の問題ではなく、言語化という作業が未了なだけです。

よくある質問

Q1. ポータブルスキルの診断ツールは職務経歴書に必須ですか?

必須ではありません。厚労省のツールは自己理解を助ける目的のもので、提出書類ではありません。結果は書き出しの手がかりとして使い、書類には具体的な場面を載せてください。

Q2. 事務職でも異業種に通用するポータブルスキルはありますか?

あります。手順の整理、正確性の維持、関係者間の調整などは、業種を問わず求められます。業務名ではなく、どんな課題をどう解いたかで書くと伝わります。

Q3. 数字で示せる成果がない場合はどうすればよいですか?

無理に数字を作る必要はありません。件数、頻度、関わった人数、期間など、事実として言える範囲で規模感を示せば十分です。確認できない数字は書かないでください。

Q4. 40代でも未経験の職種に転職できますか?

職種や企業により条件は異なり、一概には言えません。採用側は即戦力としての再現性を見るため、これまでの経験と応募職種の接点を具体的に説明できるかが分かれ目になります。

Q5. 自己PRと職務要約のどちらに再現条件を書くべきですか?

どちらでも構いませんが、読み手が最初に目にする職務要約の末尾に一行入れると、書類全体の読み方が定まります。

参考文献