ワークポートが2026年春に実施した意識調査では、転職先を選ぶ際に年収アップより優先したい条件として「スキルアップ・市場価値の向上」が56.8%で最多を占めた。同調査で離職理由の1位も「キャリア成長不足・スキルの停滞」(36.8%)だった。マイナビの転職動向調査2026年版でも、転職経験者の52.6%がキャリア停滞感を感じていたという。

「市場価値を意識して準備している」という感覚は、今の会社員に広く共有されている。それは正しい問題意識だ。ただ、採用面接1500名を選考してきた立場から正直に言うと、「市場価値を高めている最中」と話す候補者ほど、評価会議で名前が消えていくケースが多い。

採用側の論理で言うと、市場価値を「意識している状態」と「採用会議で選ばれる準備ができている状態」は、まったく別の集合だ。今回はこの構造的なズレを3つに整理する。

ミス1:資格・スキル習得を「市場価値アップ」だと思い込んでいる

「転職に向けて英語学習を続けています」「PMP資格を取りました」「データ分析ツールを独学中です」——こうした準備をしている人が面接で落ちるのは、能力が足りないからではない。

人事部の評価会議では、「○○の資格を持っている」が直接的な加点になることはほとんどない。評価会議で名前が上がる候補者は例外なく、「課題→行動→数字の3点セット」で実績を語れる。採用担当者がdodaの調査で職務経歴書を見る際に最重視するのも「職務経験・職務内容」(66.0%)であり、スキルの保有よりも実際の課題解決の証拠が求められている。

資格の取得は「知識がある証明」であって、「課題を解決できる証明」ではない。面接で評価されるには、「○○という事業課題があった→自分はこう動いた→結果何が変わったか」という構造が必要だ。

また、資格取得に時間を使うほど、現職での新しいチャレンジが減る。職務経歴書の「直近実績」が空白になるという構造的なトレードオフも発生する。採用側の論理で言うと、「スキルアップした人材」ではなく「このポジションの課題を解決できる人材」が採用したい像であり、スキルはあくまで手段だ。

ミス2:社内評価の高さを市場価値と同一視している

「今の会社ではずっとトップ評価をもらってきた」——この自信が、転職面接での致命的なズレを生む。

社内で評価が高いことと、市場で評価される言語化能力があることは別物だ。社内の評価会議では「調整力がある」「現場に強い」「信頼できる」という定性的な印象が機能する。一方、採用市場の評価会議では「この候補者は自社のどの課題を解決できるか」という問いに対する情報があるかどうかが判断軸になる。

「プロジェクトリーダーとして全体をまとめた」「ずっとトップ評価を維持した」という言葉は、採用評価会議では推薦素材にならない。上司が評価会議で推薦するためには「何の課題があって、何をして、数字でどう変わったか」が必要だ。推薦の根拠になる言葉は、候補者自身が提供しなければならない。

1500名の選考を通じて気づいたのは、社内評価が高い人ほど「なぜ評価されているのか」を社内文脈でしか語れない傾向があるということだ。長年積み上げた実績の多くは市場でも通用するのに、翻訳されていないために評価会議の俎上に載らない。

ミス3:社外との接点がゼロのまま「準備している」と思っている

「転職の準備は進めています」——そう言いながら、職務経歴書を3年以上更新していない。転職エージェントへの登録もない。社外の誰かに「自分の仕事は何の役に立っているか」を話したことが一度もない。このパターンが、市場価値アップの最大の落とし穴だ。

市場価値は、自分の頭の中だけで評価できるものではない。市場との対話の中でしか、「自分のどの経験が通用するか」の精度は上がらない。

退職面談で本当に言われるのは、「準備が足りなかったのではなく、市場を一度も見ていなかった」という言葉だ。毎日懸命に仕事をしていたのに、いざ面接で「今何ができますか」と聞かれて言葉に詰まる。これは能力不足ではなく、自分の仕事を市場語に変換する機会が一度も設計されていなかっただけだ。

横浜港の近くで定期的に会う人事仲間がいる。「転職活動を始めようと思って職務経歴書を開いたら、8年分の空白があって何も書けなかった」と話してくれた。在職中から市場との接点を持っていれば、ここまでにはならなかっただろう。市場価値は、見え方を確認しないまま積み上げても、採用市場では伝わらない。

評価会議で名前が出る人が在職中にやっていること3つ

では、採用市場で評価される準備とは具体的に何か。3点に絞る。

① 月1回、成果を「課題→行動→数字」で棚卸しする

15分でいい。直近1ヶ月の仕事の中から、「どんな課題があって、何を動かして、何が変わったか」を1件だけ書く。年に12件積み上がると、職務経歴書の骨格ができる。「数字がない職種だ」という人も多いが、「業務フローが○日から△時間に短縮された」「問い合わせ件数が前月比で減った」など、変化は必ずある。数字がなくても「Before→After」の構造で書けるかどうかが重要だ。

② 年に1〜2回、職務経歴書を市場語で更新する

社内文脈の言葉を、社外の人間が読んでわかる言葉に翻訳する練習だ。「プロジェクトのまとめ役として」という表現を「5人のクロスファンクションチームで、○○という課題に対して○○を主導した」に変換できるか。この翻訳作業が評価会議の推薦素材を作る。転職を考える前に定期更新していた人と、転職を決めてから慌てて書いた人とでは、書類の質が一読で分かる。

③ 信頼できる社外の1人に、自分の仕事を説明してみる

社内の言葉で話せば通じるが、社外の人間に伝わらなければ市場価値とは言えない。「私の仕事は○○という課題を解決することです」と一文で言えるか。言えない人は、自分の市場価値がまだ言語化されていないことを意味する。転職エージェントとの面談は無料の練習の場にもなる。定期的に自分の仕事を外の人間に話すことが、翻訳能力を育てる最短経路だ。

まとめ

「市場価値を高めよう」という意志は正しい。ただし、その行動が評価会議で機能するかどうかは別の問題だ。

人事部の評価会議では、資格の保有よりも「課題を解決した実績の言語化」、社内評価の高さよりも「市場語での自己説明能力」、準備の量よりも「市場との接点の有無」が分水嶺になる。

転職するかどうかに関わらず、在職中からこの3点を整えておくことが、本当の意味での市場価値の積み上げになる。準備が遅いということはない。始めるのは今日でいい。

よくある質問

Q1. スキルアップに取り組んでいますが、それは市場価値と関係ないのですか?

関係ないのではなく、スキルを積んだだけでは採用評価会議の推薦素材にならないということです。スキルを使って何の課題をどう解決したか、結果何が変わったかを言語化する作業がセットで必要です。月1回の棚卸しをスキルアップと並行して習慣にしてください。

Q2. 社内でずっと高評価なのに、なぜ転職面接で評価されないのでしょうか?

社内評価と市場評価は別の言語で動いています。社内では定性的な信頼評価が機能しますが、採用評価会議では「課題→行動→数字の3点セット」がなければ推薦素材になりません。社内での実績を市場語に翻訳する作業が一度も行われていないケースがほとんどです。

Q3. 転職をすぐに考えているわけではないのですが、いつから準備すればいいでしょうか?

今からです。市場価値の準備で最も時間がかかるのは、過去の実績を言語化する作業です。定期的に棚卸しをしていない人は、いざ転職を考えたときに数年分の言語化コストを一気に払わなければなりません。月15分の棚卸しを今月から始めるだけで、3年後に大きな差が生まれます。

Q4. 職務経歴書の更新は転職活動を始めてからではダメですか?

書類の質に差が出ます。採用担当者は、転職活動を始めてから初めて職務経歴書を書いた人と、定期的に更新してきた人を一読で判別できます。在職中から年1〜2回更新する習慣をつけておくと、活動開始時の書類完成度が格段に上がり、書類通過率に直結します。

Q5. 社外との接点を持つには何から始めればいいですか?

最初の一歩は転職エージェントへの登録か、信頼できる社外の知人に「最近の仕事で手応えがあったこと」を話す機会を1回作ることです。転職を決意していなくても、エージェントとの面談は無料です。自分の市場価値を外の目で確認する機会として活用してください。定期的に社外の人間に仕事を説明する習慣が、翻訳能力を育てます。

参考文献

  • ワークポート「2026年春・賃上げと転職意向に関する意識調査」(2026年2月)
  • マイナビ「転職動向調査2026年版(2025年実績)」(2026年3月)
  • doda「採用担当者のホンネ―中途採用の実態調査」(2025年12月)