退職面談で最も多く聞く言葉のひとつが、「なんとなく転職したいとずっと思っていたんですが、なかなか動けなかった」だ。
マイナビ転職動向調査2026年版によると、転職者の52.6%が前職でキャリア停滞感を感じていたと回答している。30代の転職率は9.0%(前年比+0.6ポイント)で、動きたい気持ちを持つ人は確実に増えている。なのに、「なんとなく転職したい」状態が3年、5年と続く人が後を絶たない。
採用側の論理で言うと、これは意志の弱さではない。「何を取りに行くか」が言語化されていないまま転職を「考えている」状態が続いているだけだ。そしてこの「言語化されていない状態」は、採用面接で10分以内に透けて見える。
退職面談1000件と採用面接1500名の両面から、「なんとなく転職したい」が続く人の共通構造と、キャリアの軸を言語化するための3ステップを整理する。
「なんとなく転職したい」が続く3つの共通構造
構造1:不満は明確にあるが、「取りに行くもの」がゼロ
「今の職場はここが嫌だ」という不満は、すらすら言葉が出てくる。
「上司の評価基準が不透明」「残業が多い割に年収が上がらない」「同期が先に昇進していく」——退職面談でも同じで、不満の言語化は概ねできている。doda転職理由ランキング2025年版でも「給与が低い」が5年連続1位(36.6%)で、ワークポート2026年春調査では「スキル停滞」が離職理由の1位(36.8%)に挙がっている。不満は共通言語として持ちやすい。
問題は、「取りに行くもの」だ。退職面談で「では次はどんな仕事がしたいですか?」と聞くと、8割の人が沈黙する。「幅広い経験を積みたい」「自分を成長させたい」——これは取りに行くものではなく、状態の希望にすぎない。
人事部の評価会議では、不満から逃げた人と取りに行くものがある人では最初の議論から別のテーブルに乗る。「この人は何を目指してうちに来たいのか」が答えられない候補者は、いくら経歴が整っていても「なぜ今、なぜここか」の論理が弱い。
構造2:「キャリアの軸」を"一言で言えるもの"だと思い込んでいる
「キャリアの軸を作る」という言葉が一人歩きしているせいか、「自分の軸は◯◯です」と一言で答えなければならないと思い込んでいる人が多い。
採用面接1500名の経験から言うと、キャリアの軸を一言でスラスラ言える人より、「なぜそれを取りに行くのか」の背景まで語れる人の方が通過率が高い。軸は言葉の格好良さではなく、その人の判断基準の根拠として機能しているかどうかが問われる。
軸は3つの要素の組み合わせで成立する。「やりたいこと(動機)」「得意なこと(強み)」「大切にする価値観(判断基準)」の3つだ。この3要素がそれぞれ言語化されていて、かつ応募先の事業課題と接続されて初めて、採用側は「この人はうちに来る理由がある」と判断できる。
「なんとなく転職したい」が続く人の多くは、この3要素のうち1つか2つしか言語化できていない。「やりたいことはある」が「得意かどうか自信がない」、あるいは「強みはあるはず」だが「何を大切にしているか言語化したことがない」——このアンバランスが動けない状態を作る。
構造3:転職を「逃げ」として設計している(採用面接で透けて見える)
「今の環境が嫌だから転職したい」という動機そのものは珍しくない。問題は、その「嫌さ」が転職活動の設計全体を支配しているときだ。
採用面接で見ると、この状態の候補者は以下の3つの特徴が出る。
- 志望動機が「御社の◯◯に惹かれました」ではなく「現職では◯◯ができないので」始まりになる
- 逆質問で「御社の文化はどうですか」「残業は多いですか」など、現職の不満要素の確認が増える
- 「入社後3ヶ月で何をしたいか」を聞くと、答えに詰まる
これらは採用担当者に「逃げてきた人」というシグナルを送る。退職面談で本当に言われるのは「逃げたくて転職したけど、結局新しい職場でも同じことが嫌になった」という後悔だ。逃げの設計では、環境を変えても問題の根本が変わらない。
「なんとなく転職したい」が続く状態とは、言い換えれば「逃げたい理由はあるが、取りに行くものが言語化できていない」状態だ。動けない理由はここにある。
採用側の論理から見た「キャリアの軸がある人」の特徴
採用面接1500名の経験から、評価会議で名前が残り続ける候補者に共通するのは、面接の最初の5分以内に「なぜこの仕事をしてきたか」の一本線が見えることだ。
一本線とは、「前職での課題→自分が取った行動→出した成果→そこから得た確信→次にやりたいこと→なぜ御社か」がつながっている状態のこと。この線は高学歴や華やかな経歴がなくても、言語化の精度が高い人には宿る。
人事部の評価会議では、候補者の履歴書を見ながら「この人はなぜうちに来たいのか」を上司が説明できるかどうかが推薦の鍵になる。1人の面接官が「いいと思う」と言っても、評価会議でその根拠を言語化できなければ通過しない。「軸があるかどうか」は、推薦者が評価会議に持ち込める素材があるかどうかに直結している。
逆に、軸がない人の場合、面接官は「話は上手いが、なぜうちでなければならないかが分からない」という報告をする。これが評価会議での「見送り」に変換される。
キャリアの軸を言語化する3ステップ
ステップ1:不満の「裏返し」で取りに行くものを掘る(30分)
紙とペンを用意する。今の職場で感じている不満を10個書き出す。書いたら、それぞれの不満に「だから私は何が欲しいのか」という問いを当てる。
例:
- 「評価基準が不透明」→「透明で納得感のある評価を受けたい」
- 「スキルが停滞している」→「専門性を深める環境が欲しい」
- 「成果が経営に届いていない感覚がある」→「事業インパクトが見える仕事がしたい」
この「だから欲しいもの」の列を眺めると、パターンが見えてくる。3〜4個に共通するキーワードが出たとき、それが「取りに行くもの」の原型になる。不満の数が多いほど、取りに行くものの解像度が上がる。
退職面談の場で私が必ず聞く問い——「直近3ヶ月で最も嫌だった具体的な出来事はなんですか」——は、この作業の加速器になる。具体的な出来事から「何が嫌だったか」を掘ると、「何が欲しかったか」の輪郭が現れる。
ステップ2:3要素マップを作る(1〜2時間)
①やりたいこと(動機)、②得意なこと(強み)、③大切にする価値観(判断基準)の3要素を、それぞれ書き出す。
①やりたいこと:ステップ1で出た「取りに行くもの」から、「具体的に何をやっている状態が心地よいか」を動詞で書く。「教える」「課題を整理する」「売る」「仕組みを作る」——動詞にすると職種との接続がしやすくなる。
②得意なこと:採用面接でよく聞く「強みを教えてください」への答え方として、過去の業務から「他の人に頼まれることが多かったこと」「気づいたら自分だけやっていたこと」を書き出す。「強みかどうか分からない」という人は「他の人にもできた?」と自問すると見えやすい。
③大切にする価値観:「なぜ働くのか」「仕事で何を大切にしているか」は言語化が難しいが、過去の「この仕事は意味があった」という瞬間を3つ書いて、共通点を探すと浮かび上がる。
この3要素に重なりがある部分が、キャリアの軸の核心だ。
ステップ3:「市場との接続」を1つ確認する(30分)
ステップ2で作った3要素マップを持って、求人サイトで1社だけ「この軸に沿っていそうな会社」を探し、その会社のプレスリリースや決算資料を5分だけ読む。
目的は「応募するかどうか」ではなく、「この軸は市場で需要があるか」の確認だ。応募先の事業課題と自分の3要素に接点が見つかれば、それが志望動機の核になる。見つからなければ、軸の調整が必要だというシグナルだ。
採用面接1500名の経験から言うと、市場との接続を確認せずに「軸を作った」と思っている人は、面接で「なぜ御社か」に詰まる。軸は内省だけでは完成しない。外の世界との照合があって初めて機能する。
横浜港の散歩をしながらこのステップをやる人がいたら、それは私の真似でもある。歩きながら「この軸が本当に自分の言葉か」を確認する時間は、机の上だけで考えるより整理がつきやすい。
自己点検:今すぐできる3つの確認
以下の3つの問いに、1文で答えられるかどうかを確認する。
- 「今の職場で嫌なことの裏側に、何が欲しいかを1文で言える?」
言えない場合:ステップ1から始める - 「自分が過去3年で評価された仕事を課題→行動→結果の3点セットで説明できる?」
詰まる場合:実績の言語化が先決(ステップ2の②から) - 「今志望している会社(または職種)の事業課題を1つ言える?」
言えない場合:市場との接続がまだ(ステップ3を先に実施)
3つとも1文で答えられるなら、キャリアの軸の骨格はできている。採用面接の準備フェーズに進んでいい。
よくある質問(FAQ)
Q1:「取りに行くものが見つからない」場合はどうすればいいですか?
A:まず不満の裏返し(ステップ1)を徹底してください。「何が欲しいかわからない」という人の多くは、「不満を感情のまま抱えていて、構造として整理していない」状態です。紙に書き出すと、必ず何かのパターンが出ます。それが「取りに行くもの」の原型です。それでも見つからない場合は、「最後に仕事で達成感を感じたのはいつか」という問いから始めると輪郭が出やすくなります。
Q2:「なんとなく転職したい」が続いているのは、今の職場が合っていないサインですか?
A:一概には言えません。「なんとなく転職したい」状態の原因は、職場のミスマッチだけでなく、「キャリアの軸が言語化されていない」ことでも起きます。まず軸を言語化してから現職を評価し直すと、現職で解決できることと転職しなければ解決できないことの区別がつきます。転職は軸の言語化の後でも遅くありません。
Q3:キャリアの軸は1つに絞る必要がありますか?
A:面接で語れる軸は1つの方が伝わりやすいですが、内省では複数の軸を書き出して構いません。重なりを探すことが目的なので、最初は「思いつくことを全部書く」方が精度が上がります。面接用には、3要素マップの中核にある1つの言葉に絞ると答えやすくなります。
Q4:転職エージェントに「軸がないから今は動けません」と言われました。軸なしで動いてはいけませんか?
A:採用側の論理で言うと、軸がない状態で求人票を見始めると「条件比較」が転職設計の中心になります。年収・残業時間・福利厚生——これらは入社後の満足度を決める要素のうちの一部にすぎません。軸がないまま条件で選んだ転職は、識学調査で転職後に後悔した人59.7%に共通する「逃げたい理由はあったが取りに行くものが言語化できていなかった」状態を再現しやすい。エージェントの助言は正しいです。
Q5:「なんとなく転職したい」が3年以上続いている場合、転職自体が難しくなっていますか?
A:採用市場の評価としては、3年程度の「考えていた期間」は問題になりません。マイナビ中途採用状況調査2026年版では91.1%の企業が中途採用に積極的で、市場は動こうと思えば動ける環境にあります。問題になるのは、その期間に市場と接触していなかった場合(職務経歴書が3年更新されていないなど)です。「考えていた期間」ではなく「棚卸しができていない期間」が長いほど、面接で詰まる可能性が上がります。
参考文献
- マイナビキャリアリサーチLab「転職動向調査2026年版(2025年実績)」(2026年3月)
- マイナビキャリアリサーチLab「中途採用状況調査2026年版(2025年実績)」(2026年3月)
- doda「転職理由ランキング2025年版」(2025年)
- ワークポート「ビジネスパーソンの意識・実態調査2026年春」(2026年)
- 識学「転職後の後悔に関する調査」(2024年)





