退職が決まった後で健康保険のことを調べると、多くの人が20日という期限に初めて気づいて焦る。健康保険法第37条に基づく任意継続被保険者の申請期限は、資格喪失日(退職日の翌日)から20日以内だ。20日を1日でも過ぎると、いかなる事情があっても申請は受け付けてもらえない。

私が事務所で受ける退職相談は年間100件を超えるが、その中で毎年一定数が「健康保険のことを後回しにして期限を過ぎた」と言って来る。転職先を探すこと、引き継ぎの段取り、退職届の提出タイミング。やることが重なる中で、健康保険の手続きが後手に回ったケースがほとんどだ。

退職後の健康保険は3択。まず選択肢の構造を整理する

退職後に選べる健康保険は大きく3つある。

  • 任意継続被保険者制度:退職前の健康保険(協会けんぽや健康保険組合)に最長2年間継続加入する
  • 国民健康保険(国保):住んでいる市区町村が運営する保険に新規加入する
  • 家族の健康保険の被扶養者になる:配偶者や親の健康保険に扶養家族として入る

扶養に入れるなら保険料は原則ゼロだ。ただし収入要件がある。被扶養者として認められるのは、年間収入が130万円未満(60歳以上または障害者は180万円未満)に収まる場合に限られる。

注意が必要なのは失業給付との関係だ。退職後に雇用保険の失業給付を受給する場合、日額が3,612円以上(60歳以上は5,000円以上)だと収入要件を超えるとみなされ、受給期間中は扶養に入れないことがある。配偶者の勤務先健保組合に確認が必要だ。扶養に入れない場合は、任意継続か国保の2択になる。

任意継続の保険料計算:高収入ほど有利になる上限の仕組み

在職中、健康保険料は労使折半だ。会社が半分、自分が半分を払っている。任意継続になると会社負担がなくなり、同じ標準報酬月額に対する保険料の全額を自己負担することになる。単純に考えると在職中の「自己負担の2倍」だが、ここに重要な上限が設定されている。

協会けんぽ(中小企業の多くが加入)の任意継続では、保険料計算の基礎となる標準報酬月額の上限が32万円だ。退職時の給与が月額40万円でも50万円でも、保険料の計算基礎は32万円でキャップされる。

2026年度の協会けんぽの医療保険料率は全国平均9.90%、子ども・子育て支援金分の0.23%を加えると合計10.13%になる(東京都の場合は都道府県単位でわずかに異なる)。40歳未満・介護保険非対象の場合、任意継続の保険料上限は次のようになる。

320,000円 × 10.13% ≒ 32,416円/月(年間約389,000円)

収入が高い人ほど、国保との比較でこの上限が大きく効いてくる。これが「高収入者ほど任意継続が有利」という、直感と逆の構造の正体だ。

年収別シミュレーション:任意継続 vs 国民健康保険

以下は東京23区在住・単身・40歳未満(介護保険非対象)を前提にした概算だ。国保の保険料は自治体や所得控除の取り方によって変動するため、正確な数字は各自治体窓口で確認してほしい。

年収300万円(標準報酬月額26万円)の場合

保険の種類 月額保険料(概算) 年間保険料(概算)
任意継続(協会けんぽ) 約26,300円 約316,000円
国民健康保険(東京23区) 約20,000〜23,000円 約240,000〜276,000円

年収300万円帯では上限効果が薄い。任意継続の計算基礎は実際の標準報酬月額26万円で、32万円の上限までの余白がないためだ。国保の方が年間4〜8万円ほど安くなりやすい。ただし退職1年目の国保料は前年所得をベースにするため、在職期間が長いほど1年目は高めに出ることがある。

年収500万円(標準報酬月額44万円 → 上限32万円が適用)の場合

保険の種類 月額保険料(概算) 年間保険料(概算)
任意継続(協会けんぽ・上限32万円) 約32,400円 約389,000円
国民健康保険(東京23区) 約41,000〜47,000円 約492,000〜564,000円

標準報酬月額が32万円の上限を超えた時点で、任意継続の保険料はそこで頭打ちになる。国保は実際の前年所得をベースに計算されるため、年収500万円帯では任意継続が年間10〜17万円安くなることが多い。

年収700万円(標準報酬月額60万円 → 上限32万円が適用)の場合

保険の種類 月額保険料(概算) 年間保険料(概算)
任意継続(協会けんぽ・上限32万円) 約32,400円 約389,000円
国民健康保険(東京23区) 約60,000〜72,000円 約720,000〜864,000円

年収700万円帯では任意継続との差が年間33万円以上になることも珍しくない。国保は前年所得に比例して保険料が上がるが、任意継続は32万円の上限で固定されているためだ。

ただし、大企業の健康保険組合では標準報酬月額の上限が45万円や65万円に設定されているケースがある。その場合は任意継続の上限保険料も変わる。在職中に勤務先の総務または健保組合に事前確認しておくことを勧める。

転職期間の長さによって判断が変わる理由

国保の保険料は前年の所得をベースに計算される。退職1年目の国保料は在職中の高い収入を反映するため、想像以上に高くなりやすい。退職翌年(2年目)になって初めて、退職後の低収入が反映された保険料になる。

任意継続は2年間、退職時の標準報酬月額が保険料の計算基礎として固定される。転職が早く決まれば支払う期間が短く、コストを抑えやすい。

朝5時から行政通達や判例の更新を確認するのが習慣になっているが、2022年の健康保険法改正(第38条第1号)で重要な変更があった。任意継続から国保への切り替えが、本人申し出でいつでも可能になったのだ。以前は2年縛りで途中脱退が難しかったが、今は転職が長引いた場合でも「任意継続を続けながら国保が有利なタイミングで切り替える」という選択が取れる。

判断の目安を整理すると次のようになる。

  • 年収500万円以上で転職期間が1年未満の見通し:任意継続が有利なケースが多い
  • 年収300万円前後で転職期間が1年超になりそう:2年目以降に国保が下がり逆転する可能性がある
  • 扶養に入れる見通しがある:失業給付の日額が3,612円未満なら受給期間中も扶養継続できる場合があり、これが最安になる

FAQ

任意継続の申請期限(20日)を1日でも過ぎてしまった場合はどうなりますか?

健康保険法第37条により、資格喪失日(退職日翌日)から20日を超えた申請は受理されません。例外は認められていません。期限を過ぎた場合は、国民健康保険への加入か、配偶者の扶養に入ることを検討してください。退職日が決まった段階で、翌日から20日以内の期限日を即座に記録しておくことを強く勧めます。

国民健康保険の保険料は退職前に試算できますか?

できます。住んでいる市区町村の国民健康保険担当窓口に問い合わせると、前年の所得を基にした概算を出してくれます。多くの自治体ではWebサイトにシミュレーターを公開しています。任意継続の保険料は在職中に勤務先の健保組合または協会けんぽ各支部に確認できます。2つを比較してから退職日を迎えるのが、判断ミスを防ぐ上で確実です。

任意継続の途中で国保に切り替えることはできますか?

2022年の健康保険法改正(第38条第1号)により、任意継続から国保への切り替えは本人申し出でいつでも可能になりました。ただし逆方向、つまり国保から任意継続への変更は、申請期限(退職後20日以内)を過ぎた後には認められません。任意継続を脱退した場合は、脱退日(喪失日)から14日以内に市区町村窓口で国保の加入手続きを行ってください。

40歳以上の場合、介護保険料はどのくらい上乗せされますか?

40歳以上65歳未満の方は介護保険第2号被保険者となり、健康保険料に上乗せして介護保険料が発生します。協会けんぽの2026年度介護保険料率は全国一律1.60%です。任意継続・国保どちらを選んでも対象になります。年収500万円・任意継続の場合を例にすると、32万円×1.60%≒5,120円/月(年間約61,440円)が上乗せになります。シミュレーション時は必ず加算してください。

退職後の保険を選ぶ前に、何を確認しておくべきですか?

最低3点を確認してから判断してください。①在職中に勤務先の健保組合または協会けんぽへ任意継続の保険料を問い合わせる。②住んでいる市区町村の窓口またはWebシミュレーターで国保の試算を取る。③配偶者がいる場合は勤務先健保に扶養の収入要件と失業給付日額の扱いを確認する。この3点を確認せずに決めると、年間数万円から数十万円の差が生じる可能性があります。

参考文献