9月に入ると、退職面談の予約が増える。20年間、上場企業の人事で退職面談を担当してきた経験からすると、夏休みが明けた直後と、秋の日が短くなり始める時期は、退職の申し出が集中する二つのピークだ。

ただ、この時期に「辞めたい」と申し出た人の中には、数週間後に「やっぱり続けます」と撤回する人が一定数いる。逆に、何ヶ月も迷ったあとに「もう限界です」とようやく面談に来る人もいる。

問題は、本人には区別がつきにくいことだ。厚生労働省令和6年労働安全衛生調査では、強いストレスを感じる労働者の割合は68.3%にのぼる。その中で「季節の変わり目の不調なのか、本当にこの職場が合わないのか」を正確に判断できている人は多くない。

9月の退職面談に現れる2つのパターン

退職面談で本当に言われるのは、「なんかもう限界で」「仕事のやる気が全然出なくて」という曖昧な訴えが多い。しかし丁寧に話を聞くと、二つのパターンに分かれる。

ひとつは、具体的な出来事や変化が引き金になっているパターン。「7月に上司が変わってから」「プロジェクトが佳境を迎えた8月から残業が急増して」という形で、特定の出来事がはっきりと語られる。このケースでは、退職の動機はある程度明確だ。

もうひとつは、「なぜか毎年この時期に気持ちが落ち込む」「去年の秋も辛かったが、なんとか乗り越えた」というパターン。引き金となる特定の出来事を聞いても、うまく答えられない。このパターンに該当する場合、季節性感情障害(SAD: Seasonal Affective Disorder)の影響を疑う必要がある。

季節性感情障害とは何か

季節性感情障害は、日照時間の変化に連動して気分の波が起きる状態だ。秋から冬にかけて日が短くなると、脳内のセロトニン分泌が抑制される。これにより、意欲低下・過眠・思考の停滞・ネガティブ思考が生じやすくなる。国際的な有病率は1〜3%程度とされており、女性は男性の約4倍高い傾向がある。

ただし、診断基準に満たない「サブクリニカルSAD」も含めると、影響を受ける人の割合はさらに広がる。全国30〜50代の男女550人を対象にした調査(ときわ台ときわ通りクリニック、2024年)では、約7割が「季節の変わり目に不調を実感する」と回答している。

職場に置き換えると、「やる気が出ない」「仕事が辛い」「この会社にいても将来が見えない気がする」という感覚が、実は日照時間の減少に伴う脳の変化から来ている可能性がある。これを「職場への不満」と同一視して退職を決断すると、転職後も同じ時期に同じ感覚が繰り返される。それが退職面談から見えてくる現実だ。

9月の「辞めたい」が季節性か本当の限界かを判別する3つの基準

判断基準1:辞めたい理由が「夏前」から存在していたか

退職面談では必ず「直近3ヶ月で最も嫌だった具体的な出来事を教えてください」と聞く。このとき、すぐに答えが出てくる人と、考え込んでしまう人とに分かれる。

すぐに答えが出てくる場合——たとえば「8月に上司から不当な評価を受けた」「4月の配置転換から業務量が倍になった」——その不満は夏前から積み上がっていた可能性が高い。季節に関係なく、職場環境への具体的な不満が限界に達しているサインだ。

一方、考え込んでしまう、または「特にこれというわけじゃないんですが……」という答えになる場合。このケースは、季節性の影響で気分全体が落ちている可能性がある。職場への不満ではなく、心のエネルギー自体が低下しているため、聞かれても具体的な出来事が出てこない。

判断基準2:気分が天気・日光の量で変わるかどうか

季節性感情障害の影響を受けている場合、晴れた日は気分がやや持ち直し、曇りや雨が続くと沈み込みやすい傾向がある。「土日に外に出て日を浴びると少し楽になる」「台風続きの週は特に辛かった」という形で、気候との連動が見られる。

一方、本当の職場消耗から来る辛さは、天気に関係なく一定のレベルで続く。「晴れていようが雨だろうが、月曜の朝は体が動かない」という状態は、季節性よりも職場環境の問題として捉えるべきだ。

判断基準3:毎年同じ時期に同じ感覚が繰り返されているか

「去年の9月も、一昨年の9月も、この時期は必ずしんどかった」というパターンがある人は、季節性感情障害の影響を定期的に受けている可能性が高い。職場への不満が引き金になっているわけではなく、体のリズムとして毎年繰り返されている。

逆に「こんなに仕事が辛いと感じたのは今年が初めて」という場合は、今年発生した何らかの変化——上司の交代、プロジェクトの失敗、評価結果への不満——が蓄積していると考える方が自然だ。

人事部の評価会議では、9月退職者はどう扱われるか

採用側の論理で言うと、9月の退職者は珍しくない。夏の疲弊が出る時期であることは、人事部も経験的に把握している。ただ、人事部の評価会議では、退職を申し出た後に「やはり気持ちが落ち着いた、続けます」と撤回するケースが繰り返される社員は、「感情の波で動きやすい」というわけではなく、「本人の内側で何かが整理されていない」として記録される。

撤回すること自体は問題ではない。ただし、撤回後に職場環境への働きかけも、自分の状態の整理もないまま翌年同じ時期を迎えると、同じサイクルが繰り返される。これは本人にとっても、職場にとっても、消耗し続ける構造だ。

自己点検3ステップ

「秋になると辞めたい」という感覚を、行動する前に一度整理する手順を紹介する。

ステップ1:辞めたい理由を10個書き出す

頭の中にある「辞めたい」という感覚を言語化する。書き出した理由が具体的な出来事(特定の人・制度・業務量)で占められているなら、職場への不満が主体だ。「なんか辛い」「モチベーションが出ない」という抽象的な表現が多ければ、季節性の影響を疑う余地がある。

ステップ2:2週間待ち、天気・光との関連を記録する

衝動的に動く前に、2週間だけ様子を見る。この期間、意識的に朝の日光を浴びる時間を作ってみる——早朝の散歩でも、ヨガでも、通勤で少し遠回りして日を受けるだけでもいい。気分が持ち直すなら季節性の影響が大きい。変わらないなら、職場環境への対処を本格的に考える段階だ。

ステップ3:1人に「今しんどい」と話す

孤立した状態では、気分が落ち込んでいることと、職場が本当に問題であることの区別がつきにくい。退職面談で本当に言われるのは、「誰かに話せていれば、もっと早く整理できた」という言葉だ。評価に関係しない社外の人間でもいい。言語化することで、自分の状況の輪郭が見えてくる。

FAQ

Q. 季節性感情障害と診断された場合、退職すべきですか?

季節性感情障害であれば、まず治療・対処を優先する方が合理的です。光療法(高照度光照射)や生活習慣の改善(朝の日光浴・運動)で症状が緩和されるケースが多く、退職の判断は症状が安定した状態で行う方が精度が上がります。感情が不安定な時期の退職決断は、後悔の原因になりやすいです。

Q. 季節性感情障害と職場のストレスが重なっている場合は?

両方が重なるケースは実際に多くあります。この場合は「どちらが大きいか」よりも、「職場の問題は現職で解決できるか」という軸で考えた方が整理しやすいです。季節性の影響が収まった春以降も職場への不満が続くなら、転職の検討に入る段階です。冬の終わりまで判断を保留する選択肢もあります。

Q. 9月に退職すると転職市場的に不利になりますか?

不利にはなりません。10月入社を目指す採用は9月に集中しており、転職活動の時期として適切です。ただし、「辞めたい感情」が先行し、転職先を十分に検討せずに動くと、入社後のギャップが生じやすくなります。退職の決断と転職先の選定は、別々のプロセスとして切り分けて考えることを勧めます。

Q. 毎年9〜10月に同じ感覚が繰り返される場合、どうすればいいですか?

季節性のパターンとして把握し、対策を先手で打つことが有効です。8月末から朝の日光浴・有酸素運動・ビタミンDの補給を意識的に組み込む。また、この時期に退職や転職などの大きな意思決定を行わないとあらかじめ決めておくことも一つの方法です。感情が安定しているとわかっている春〜初夏に退職・転職の判断を行うと、判断の精度が上がります。

Q. 退職面談を申し込まずに、まず相談できる場所はありますか?

厚生労働省が運営する「こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)」や、産業医への相談が選択肢にあります。職場に産業医がいる場合、守秘義務があるため相談内容が評価に影響することはありません。また、オンラインカウンセリングサービスも増えており、匿名で相談できる環境は以前より整っています。

参考文献

  • 厚生労働省「令和6年労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要」(2025年)
  • ときわ台ときわ通りクリニック「季節の変わり目における心身の不調に関する調査」全国30〜50代男女550人対象(2024年)
  • 済生会「季節性感情障害(冬季うつ)」
  • American Psychiatric Association, DSM-5 Diagnostic Criteria for Major Depressive Disorder with Seasonal Pattern(2013)
  • マイナビキャリアリサーチLab「2025年9月度 転職市場の動向調査」(2025年10月)